2009年11月02日

烏揚羽  第六話 ver.1  カラスアゲハ

     《 第五話 ver.1 から 》

「だから深入りするなと言ったろ?」

まるで自分で自分につぶやいているような、北沢の言葉。
「何のことだ?」
「あの女だよ」
透き通るように白い、北沢の顔。
「いったい?」
僕の言葉が聞こえているのかいないのか。
北沢はただぶつぶつと独り言のように言葉を垂れ流す。

「執事喫茶でバイトなんてするべきじゃなかったんだ」
お前も、俺も。

「俺もあの店でバイトしてたんだ、去年」
そしてある日、あの客がやってきた。あの無口な「お嬢様」が。

それまで執事喫茶なんて、ごっこ遊びみたいなものだと思っていた。
俺は執事っぽく振舞い、客はお嬢様気分を味わう。
そんな他愛もないごっこ遊び。

……でも。

執事なんてものに、俺たちは遊び気分で関わっちゃいけなかったんだ。
あの女は「ごっこ」なんて求めちゃいなかった。
本当の執事を求めていたんだよ。

いつも自分だけのそばにいて、自分だけの世話をする、自分だけの執事を。
いつも自分だけを見て、自分だけにしか見えない、そんな執事を。

透き通るように白い、北沢の顔。
脳みそが透けて見えるほどに、白い。

「具合悪いのか?」
「いや」
北沢は震える手を見つめながら、大きく息を吐いた。
「本当に気分はいいんだ。こんなに気分がいいのは生まれてはじめてかもしれない」

そう言うと視線を手から外し、窓の外に向けた。
差し込む夕日に北沢は目を細める。

「もう行くよ」
「帰るのか?」
北沢は寂しげに微笑んだ。
白く、薄い笑顔。
今はもう背後の壁が透けて見えるほどに色を失っていた。
そして弱々しく立ち上がると、こう言った。

「先に行ってる、だから……」

言葉を言い終わる前に、北沢は消えた。
忽然と姿を消したのだ。
本当に今までここに北沢がいたのかどうか、僕には分からなかった。
ただ、奴の言った言葉が頭の中で消えることなく木霊していた。

「先に行ってる」

だから……

だから、僕はまだ執事喫茶のバイトを続けている。
以前のようにダルくなどないし、イライラすることもなくなった。
不思議と気分がいい。
時々あの女がやってきて、相変わらず一言もしゃべらないまま帰っていく。
北沢はうまくやっているのだろうか?
僕の目には見えないけれど、「お嬢様」のおそばで、「お嬢様」のためだけに、毎日きちんとお世話をして差し上げているのだろうか?
「お嬢様」だけを見て、「お嬢様」だけに見られて。

いや、何かヘマでもやらかしてしまったのかもしれない。
「お嬢様」は多少ご不満であらせられるようだ。
その証拠に、鏡の中にはだんだんと色白になっていく僕がいた。
透き通るように、白い僕が。

店の入り口で空を見上げると、珍しくカラスアゲハが舞っていた。
夕日を浴びてキラキラと輝いていた。
その黒くしなやかな姿を見て、今度「お嬢様」にひとこと言ってやろうかな、と僕はふと思った。

「でも、黒子と執事って、ちょっと違うのではないですか、お嬢様?」






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烏揚羽  第六話について。

某日、「面」のメンバー5名が対面する機会を持ったことから、
ほぼその場の勢いだけで始まったリレー小説。

各人が一話ずつ担当し、全五話で完結の予定でしたが、
それぞれが次の人の都合や物語の全体を考えることもなく(笑)、
行き当たりばったりで書きつないでいったものですから、
そうそう綺麗に着地できるはずもなく。

第五話 ver.2 は一つの完結を見ていますが、
ver.1 は続きを想定しています。

さて、これに続く最終話を誰が書くかという話になり、
各人がそれぞれの最終話を書いてみてはどうか、
ということになりました。

同じ話の続きが、どれくらい違ったものとして出てくるものか、
一つの実験として取り組んでみた次第です。

以下、原稿が届いた順に
第六話 ver.1, ver.2, ver.3までを本日分として、
ver.4 を翌日分として掲載します。

下のリンクをご利用いただくと、それぞれのヴァージョンに飛べます。

⇒第六話
  ver.1
  ver.2
  ver.3 
  ver.4 NEW


     第一話は、こちら です。


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2009年10月27日

烏揚羽  第五話 ver.2  デコエーコ

「………は?……山下?」

「お嬢様」が口を開いた。

店にきたときは結局一言も話さずに帰った、「お嬢様」が。



僕はうろたえて、バイトの時に着ているコスチュームのベストを治そうとしたが、今は着ていないから、
ただ手が腹のあたりで何かをつかむべく泳いだ。

「あ……、あの」

少女が道をたずねるようなたどたどしい怯えた口調の自分にさらにうろたえる僕。

一旦目線を下にそらし呼吸を治してから、

「えっ、どうして僕が山下だと……。」

とたずねた。

ファッと笑いながら、「お嬢様」はこう言った。

「だってどう見ても、山下じゃないの。違ったっけ?」

「いえ、違わないです。 私は山下ですが、お嬢様はなぜこちらに? 何故僕の名前をご存じなのですか。」

バイト口調に整えなければ話せないから、僕は、混乱しながら必死に体裁を整えた。


「ちょっと……何ゆってるの? 私、暎子だよ。 すっぴんだとわからないか。 ちょっとこの人、ほんと失礼だねえ。 アハハ」

中低音がややワイドに開いた、気をてらわない笑い方をして僕を見下ろす暎子という女。
僕のことは山下と、ゾンザイに呼び捨てだ。


暎子って……覚えていない。誰なんだ。


「そういえば、ついでなんだけど。 山下にノート貸したまま、かえってこないんだけどいつ返してくれるの?
それに、なんなの、かあさんとかゆってなかった?
山下、大丈夫?」


急に質問攻めだ。
まるで郷里の母親のように。
息をはさまず一気に色んな種類のことを並べて話したおす「お嬢様」。
見かけは若いが、息づかいが他の客と同じじゃないかと思った。


「恐れ入りますが、どのようなノートでございましょう。」
「どのようなって……大学生協のだけど。 緑色の、二本線のはいった。 ひょっとして、どっかにいっちゃったとか言わないよね。」


大学生協の緑色、とまで言われてやっとわかった。
前期の試験前に宗教学のノートを「暎子」に借りたままだったことをようやく思い出したのだ。

暎子は前期ものの講義、『宗教学』で隣の席にいた同級生である。
派手な、黒と紫の蝶々みたいな模様のTシャツに、撮影でもあるのかというようなばっちりメイク。
たかが学校にパーティーかと思うような「盛り」だの「巻き」だのしてきて、ふんだんに自分の「デコる」のが得意な、飾るのだけが生き甲斐のような暎子。
デコエーコと呼ばれている女だ。

確かにすっぴんだと別人のようで、暎子だとわかった今も僕は暎子のどこをみたらデコエーコなのかわからない。


「暎子って、あの蝶々のTシャツがお気に入りの暎子? 宗教学の。 あの蝶々、烏揚羽なのかなと思ってさ」

僕としては、女の身に付けているものに関心を示すのはサービスだ。
ノートを借りっぱなしにしているのを忘れていたのだから、ここは店じゃないけど、少しくれてやろうと思ったのだ。

「なに、その、カラスとかわかんない。蝶々のって、あれはアナスイのだよ。 お気に入りってなんか私がそれしか着てないみたいに言わないでよ。 ノート返して言ってるんですけど、聞こえてないですか。 後輩が来年使うんだから、なくさないうちに返しておいてほしいの。」

すごい早口だ。
それしか着ていないなんて言っていないじゃないか。 なぜ勝手にネガティブに拡大して勝手に怒るのだろうか。
自分の着ているもののこともよく知らないなんて呆れたものだな。


「聞こえてるよ。 返すよ、今度。」


「今度っていつ。 山下あんまり講義出てないし、今は同じ講義がなんだかわからないんだから、はっきりしてくれる。 何曜日ならきてるの」


すっぴんのデコエーコは、偶然会ったわりにまるで、質問の要点を事前に確認して整頓してきたかのように話すのだった。
一人で浸りたかったさっきの映画のシーンが吹き飛ばされる勢いで。



「ノート返すよ。 水曜日の昼に」

「昼にどこで。 山下、人と話してないからなんだか、レスがトロいよね。」

「話してるよ、暎子以外とは」

しまった。
我ながら変にムキになってうわづる声が悔しい。
僕は子供じゃないし、相手は飾るのだけが生き甲斐のデコエーコじゃないか。


「話してるって、あの執事喫茶でですかあ。 昭和の香りがする、オバチャン天国で、山下がかわいい男の子ぶってる、あれねえ。 ちゃんちゃらおかしかった。 つまんないお人形トークケッサク。 超ビックリした。」


ちゃんちゃらおかしいと、デコエーコに言われるだなんて。
洗練された様式にのっとった僕のサービスを、かわいい男の子ぶったつまらないお人形トークだと……こいつに言われたくないな。
なにがケッサクだ。 駄作扱いしているじゃないか!



しかし僕は実際に、用意していない会話についてはトロいらしく、言葉が出てこない。



僕を見下ろすデコエーコの瞳が、夕陽に照らされて爛々と、さらに赤みを増している。


しかし僕は、こういうときこそ執事風な体裁と様式を活用してみようと思い付いた。


「それよりさ、暎子、すっぴんかわいいよ。 そのほうが好きだな、俺。」


かわいいよ。と言えば女はおとなしくなるのでは、と計算した僕の言葉だ。
計算もしたが、これは体裁だけではなく、デコエーコよりは暎子のほうが、僕にはミステリアスな魅力があるように感じるから。

すっぴんのデコエーコ、つまり暎子はやはり、すぐさま切り返してきた。


「誰だかわかんなかったくせによく言うわ。 ま、そりゃどうもです。あっ、カラス喫茶いったことだまっといてよ。 わりと、めんどくさいから色々。 ノート、水曜昼、学食禁煙フロアでよろしく。 タバコやめとちゅうなの。 じゃあね。」


言い終わるか言い終わらないかわからないうちに、烏揚羽のTシャツがお気に入りのデコエーコ「お嬢様」は、カラス喫茶だかへのご来店を秘密にすることを命じ、要求を一方的につたえてそそくさと歩き離れていった。


正確には、カラス喫茶ではなく、英国風サロン「烏揚羽」だろ。
変な省略をされたものだが、あたらずとも遠からずだ。
暎子には、英国風な様式はあまり合わないらしい。 かわいいよ、では暎子はおとなしくならないのだ。
僕は、自分ではなくて、様式があわなかったただけだと自前の解釈をし、暎子には、執事マニュアル以外の言葉で話してみようと思った。


バイト以外に人と待ち合わせの約束をしたのが、しばらくぶりである。


僕は、それからあとは、映画の猟奇的なシーンをすっかり忘れている。


水曜の昼間寝坊しないように、火曜のバイト残業は、ことわろうと考えはじめているのだった。
それをオーナーに話しておかなければいけないから、僕は今日は早めにバイトに向かおうと思う。


夕陽は深く沈み、黒いビルのシルエットの合間に、赤みがかった橙色や、青みの強いピンク、紫がかった雲がはさまり、真ん中にテレビ塔が見える。

そろそろ電飾が点灯する時刻直前に、すっぴんのテレビ塔を見たことを役得に感じた。


まるで大きな烏揚羽が羽を開いたかのような景色。
都会には烏揚羽という蝶は住めないらしいが、夕方の一瞬だけ、この街に舞い降りているのかもしれない。

役得だな、と一人ごとを言いながら……いつもこの時間はイライラしていたことも僕は忘れて、公園を出た。



僕が、何の役だから役得と思うのかには、
僕は、興味をもたないたちである。


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2009年10月26日

烏揚羽  第五話 ver.1  浴室

がらんとした、タイル張りの殺風景な浴室。
温度調節がうまくいかないシャワー。
どうしてぼくは、こんな場所にいるのだろう。

ぼくは『それ』を、どうしても洗い落としたかった。
肌が赤くなるほど、ごしごしと擦りつづけても、
『それ』はぼくの身体にまとわりついて離れない。

洗う 洗う 洗う 洗う

「かあさん」
あのとき、ぼくがそう呼びかけると、女は小さな笑みを口元に浮かべた。
正確に言えば、笑みを浮かべたように見えたのだ。
あるいは、そう思いたかっただけなのかもしれない。

女はすぐに無表情に戻ると、ぼくから顔をそむけ、歩きだした。
当然のように、ぼくは女の後をついて行く。
当然のように。

しばらくして、女はさえない外観の建物の前で立ち止まった。
入り口の横に立てられた看板の文字を見て、
ぼくは、その建物がラブホテルであることを悟った。
まるで廃屋のような雰囲気。
ラブホテルというよりは、連れ込み宿と呼びたい風情だ。

女は振り返ってぼくを見るや、ゆっくりとした足取りで中へ入っていった。
入り口に吸い込まれるように、ぼくは後を追った。

洗う 洗う 洗う 洗う

女の身体は白く、細く、美しかった。

いや。

美しくなどない。
一見完璧なバランスを保っているかに見えるその裸体は、どこか不恰好だった。
具体的にどこががアンバランスなのか、不恰好なのかはわからない。
が、その不恰好さは、何かをぼくに思い起こさせた。

母親の裸体。

母親の裸体のように不恰好な裸体。
それは奇妙に、静かに、ぼくを欲情させた。

洗う 洗う 洗う 洗う

何時間も続いたかのように感じられた交わりは、
いま思えば、30分にも満たなかったのかもしれない。
苦悶と快楽に支配された時間。
あれ以上続いていたら、ぼくは、壊れてしまっただろう。

女は無言のまま果てた。
その瞬間、無表情の顔がほんの少しだけ歪んだ。
ぼくもそれを見て、胸の奥から深い息を吐き出し、果てた。
射精したわけではないのに、果てた、と感じたのだ。

隣りに横たわる女の白い背中を見ながら、ぼくは立ち上がり、
浴室へ歩いていった。
下腹部から腿にかけてべっとりとついた女の体液を、
洗い落とそうと思ったのだ。

汚らわしいと感じたわけではない。
体液なんて、シャワーを浴びれば洗い流せるだろう。
でも、『それ』は、ぼくの体内に入り込もうとしていた。
ぼくを、蝕もうとしている。
止めなければ。

洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う

もう手遅れらしい。
『それ』はすでにぼくの体内に入り込み、蝕みはじめていた。

いや、違う。
『それ』はぼくの体内に潜んだ何かを目覚めさせ、
その何かが、蠢きはじめているのだ。

蛇だ。

     ★★★

浴室を出ると、女は消えていた。
ぼくは驚かない。女がもういないことは分かっていた。

ぼくはホテルを出へ、自分のアパートへと歩きだした。
その場所からだと、少なくとも1時間はかかるだろう。
ふだんなら歩く距離ではない。電車もバスもまだ走っている時間だ。
だが、どうしても電車に乗る気にはなれなかった。

動きを止め、身体の中で蠢くそれと向き合うのが怖かった。
歩くことで気を紛らそうとしたのだ。
そんなことは意味がないと知っていながら。

     ★★★

深夜、ようやく自宅のアパートへとたどり着いた。
鍵を開け、中に入る。ただいま。
一人暮らしの部屋だ。誰もいるわけがない。

はっと息を呑む。
右手にバスとトイレ、左手に居室があるのだが、
部屋へと続くドアがほんの少しだけ開き、中から光が洩れているのだ。
実家の家族にすらアパートの鍵は渡していない。
誰もここに入ってくるはずがないのだ。

身体が震えだす。心臓が早鐘を打つ。
逃げなければ。

何故だろう、そんな思いに反して、足はドアへと向かい、
震える手はドアノブをつかむ。
何をしてるんだ! 逃げろ、逃げるんだ!
ぼくの意思とは無関係に、右手は思いきりドアを引いた。

誰かがぼくのベッドに腰かけている。

…………

青白い顔の北沢がぼくをみつめていた。


     》》》 第六話へ


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先週の月曜日から唐突に始まったリレー小説。

原稿を添付したメールのやりとりに行き違いがあり、
第五話の更新が遅れてしまいました。

その間に、
しびれをきらした(?)別のメンバーから、
「解がたくさんあってもいいと思うので」、とのことで、
同じく第五話の原稿が届きました。

管理人Aこと、わたくし堀の不手際から生じたことではありますが、
ケガの功名というべきか、
二人の書いたストーリーは、ものの見事に違っていて、
これもまた収穫だなあ、と思う次第です。
(開き直ってすみません。。。)

明日は二人目の方による第五話を、 ver.2 としてアップしたいと思います。



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2009年10月22日

烏揚羽  第四話  夕暮れ

空を見上げる。
いつもの空だ、昔と何も変わっていない、と思うと安心する。
秋の風が心地よい。

大学の講義には出る気にならず、公園のベンチに座って、さっき観た映画のラストシーンを思い返していた。
殺人鬼の正体は主人公の友人の母親だった。そんなことまったく思いも寄らなかった。

……いや、本当はなんとなく気づいていたのかもしれない。

スクリーンを見つめているあいだ、頭の片隅にはずっとあの女がいたからだ。
というよりも、しばらく前からあの女で頭はいっぱいだった。
このあいだの若いお客様。あの無口な「お嬢様」。
もちろん、母親、なんていう年じゃない。母親だなんてありえない。

それでも、あの女は母親だ。そう直観した。

「だって、あの母親、怪しすぎるから」
「いかにも、犯人ですよっ、ていうのは犯人じゃないというのが定石よ」
「まあ、そうなのだけれど。それでも、ね」

誰かの声が耳に入ってくる。
それでも、母親なのだ、あの女は。

でも、いったい誰の母親だ?
誰を産んだというのだ?

「だって、あの監督の映画、いつも母親が犯人じゃない?」
「だから、今度も、って思ったの?」
「今度も、また母親が……」

流れる雲が太陽を隠し始めた。

母親がナイフを手に女を追う。女は逃げる。そして転ぶ。声も出ない。女は立ち上がって逃げる。母親は笑う。再び女が転ぶ。母親は追いつき、女を刺す。女は叫ぶ。母親は刺す。女は叫ぶ。母親は刺す。

何度も何度も刺し続ける。

そして雲が血の色に染まる。
辺り一面に広がる深紅。
いつの間にか夕方になっていた。バイトに行く時間だ。
ベンチから立ち上がると小さく伸びをする。

目の前にいた。

そこに、あの女がいた。
あの「お嬢様」が。
まるで僕の頭の中から突然に抜け出してきたかのように。

いつからいたのだろう。こちらを見つめるその瞳は赤く光っている。
隠された欲望の光だ。
やはり、この女が犯人なのだろうか。
でも、何の? いったい何をやったというのだ?
僕は何を考えている?

それでも、それでも。
震えながら僕は口を開いた。

「かあさん」

そう呼びかけると、女は小さな笑みを浮かべた。


     》》》 第五話 ver.1
     》》》 第五話 ver.2


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2009年10月21日

烏揚羽  第三話  色のない部屋

聞き慣れない銘柄の煙草だった。
口の端にくわえると、ほのかに、蛇の匂いがした。
蛇の匂いなど、もちろん、嗅いだことはなかったが、
身体の中で疼いた何かを、僕は即座に「蛇だ」と決めた。

いや、あるいはこの疼きは、身体の外側の、どこか遠いところでの、出来事だったのかもしれない。
失ったはずの身体の一部が、ときに、痛痒を覚えることがあるという。
そんな感覚に近いものだったのかもしれない。

     ★★★

女は若かった。 ここの客にしては若いというだけではない。
実際に「お嬢様」と呼ぶことができそうな年齢だろうか。

「部品の少ない女だな」と、僕はまず、そう思った。

ここにくる女たちは、たいてい、部品の数がやたらと多い。
顔をつくり込み、アクセサリーを過剰にまとい、ときには声色や口調や仕草まででっちあげる。
そうやって部品を組み合わせることで、ようやく、夜の入り口に立つのだろう。

だから、目の前にあらわれた女に、僕は面食らった。

マスカラもアイラインもなく、かろうじて細い眉を描いているだけの目元は、
簡素というよりはむしろ、「ぶっきらぼう」という表現の方が似合う。
アクセサリーもなし。 取り澄ました笑顔もなし。
ノースリーブのニットドレスから突き出した生身の腕の方が、かえって装飾品のように見えた。
「なんか調子が狂うな」と、最初から、そう思った。

『お目見え、ありがたき幸せです、お嬢様。 お変わりは、ございませんか』

やっとのことで僕は、跪き、言い慣れた科白を述べ立てる。
そう、こいつは、あくまでも、客だ。
サービスをする。 対価をもらう。 この上なく簡単な儀式だ。

女は、しかし、まだ沈黙している。

『お飲み物はいかがいたしましょう、お嬢様』

これも、いつもの科白。 従僕のマニュアル通り。
だが、「お嬢様」のお答えはない。
分厚いカーテンを閉ざしたままの窓の方を向き、押し黙っている。
表情というものがない。

『よろしければ、カーテンをお開けいたしましょうか』

声のトーンを、若干、上げてみる。
しかし、応答は得られない。
耳が遠いのか。
それとも、そういう自己演出なのか。
やってられねェな。

『ここからの眺めをご覧になったことはございますか』

立ち上がってカーテンに手をかけ、もう一度、女の様子を窺う。
女は首を横に振る。

『では、ご覧にいれましょう、お嬢様』

カーテンをゆっくりと引き開ける。
このあたりでは高層の部類に入るビルである。
眼下に広がる無数の光が、ほのぐらい室内に入り込み、女の腕だけがさらに白く浮かび上がる。
夜はすでに深い。
街の雑踏は、夜の深度にまみれて、なんだかひどく遠い。

『お嬢様、この窓からは・・・』

さらに言葉を継ごうとすると、不意に、女が手をかざして制する。
これ以上、話を続けるな、ということか。

しゃべり続ける女の相手は、もちろん、苦痛でしかない。
恭しい態度を繕い、相槌を打ち、うなずき、宥め、持ち上げ、最後には笑顔をつくってみせる。
あるいは北沢の言い回しを借りれば、女に「へつらい」、女を「あやす」ことになるのか。
だが、その苦痛の対価として報酬を得ているのだと割り切れば、自分の行為に対して一定の説明がつけられる。

ところが、今夜の女は、言葉をまったく受け付けない。
対価もへったくれも、あったもんじゃない。

どれくらいの時間か。僕は動くことができない。

     ★★★

壁掛け時計が鳴る。
女は、知らぬ間に、煙草を取り出している。
灰皿を差し出そうとして、僕は、あわてて数歩、歩み寄る。

と、女がもう一本、煙草を差し出す。
はじめて、僕の顔を見て。
煙草など、何年も前にやめていた。不愉快な苦味があるだけだ。
なのに僕は、その一本を、受け取っている。
わずかであれ、コミュニケーションが成立したことに、安心しているのか。

アリガタクチョウダイイタシマス、オジョウサマ。

けれどもたったそれだけの言葉が、喉元にはりつき、うまく出てこない。

     ★★★

どこかで蛇が這っている。
かわいた、鉛色の蛇だ。
気がつけばこの部屋には、他に、色らしい色がない。
女はまだ、一言も、発していない。


       》》》 第四話へ

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2009年10月20日

烏揚羽  第二話  龍の背中

「おお、山下。また午前の統計学、休んだろ。オマエ、さすがにやばくない?」

教室に入るなり、やかましく声をかけてきたのは、
北沢だ。

誰とも口を利きたくない気分だってのに、顔も声もでかいんだよ、お前は。  

「あれか、昨日も例のバイトか?」

せめてもう少し、離れて話してくれないものか。

「オマエさ、もう二年も終わりで、就活始めてる奴もいるのにさ、
ほんと、そのままホストになっちゃうんじゃねえの。」

よくもまあ、飽きもせずに、会うたび同じ話をするものだ。

ホストじゃねえし、と言いかけて、
それも先週の話の繰り返しだと気づく。

《当館が提供するのは、あくまでも上質の英国的おもてなしであり、
私ども執事、フットマン一同、お嬢様のご帰宅を心より》、云々。
それがあの店の謳い文句だ。

まあ、要は何年か前にちょっとしたブームになった「執事喫茶」のパクリだ。

それでも、従業員の制服はもちろん、
調度品や紅茶、料理にいたるまで、
それなりに「英国風」を気取ったあの店で「従僕」(フットマン)になりきってみせるのは、
最初は悪い気分じゃなかった。

だけど先月、料理人の須藤さんがやめてからというもの、
店のイメージはあちこちで、ほころび始めた。

「英国風」なのはネーミングだけの、いい加減な料理。

減り始めた客足に焦ったのだろう、
オーナーは今月から「VIPコース」と称して、
常連客がお気に入りの執事やフットマンを指名できるシステムにした。

オーナーはもともと、というか、いまもホストクラブの経営者でもある。
昨日の夜は、
系列店のホストらしい、見てくれのいい男が「ヘルプ」の執事として派遣されていた。

テンポのいい会話で中年の「お嬢様」をキャッキャッと笑わせている。
その様子に気圧されている僕の気持ちをみすかしたように、
オーナーが言う。

「ああいうふうに、色がついちゃってるのは駄目なんだよ。
馬鹿騒ぎはこの店の雰囲気じゃないしね。
その点、君はいいよ。 お客の色を受け入れる素直さがあるもの。 
本当に、この仕事に向いてるよ。」

そういうオーナーは、
須藤さんの後を追うように店をやめた「執事」の一人によれば、
「ガチでやくざもん」らしい。

「ジェントルマンどころか、背中に龍しょってんだもん。」

もう潮時かもしれない。

このままじゃマジで、北沢の言うホストどころか、
もっとやばいところにはまり込むかも知れない。


そんなことを考えているうちに、
気づけば授業は始まっている。

「科学哲学概論」、か。
科学か哲学か、はっきりしてくれよ。
答えがあるのか、ないのかも。

「なあ、この授業、ダルくね? 学食いこうぜ」と北沢。

授業もダルいが、お前と話すのはもっとダルいよ、
と言いたいのをこらえて、
「いいわ。俺、ちょっとここで寝るから」と答える。

それにしても、何だってこんなにボーダイな時間を、
人の話ばっかり聞いてなきゃいけないんだろ。

あの店にやってくる女たちも、この教授も、
それから北沢なんかも、
よくもまあ、そんなにしゃべりたいことがあるもんだよな。

それとも、ほんとにしゃべりたいことなんて何もなくて、
だからしゃべり続けるのか?

よくわからない。

すべてがめんどうだ。

瞼が重くなる。

起きたらいきなり十年後、とか、そんなんあればいいのに。


     》》》 第三話へ

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2009年10月19日

烏揚羽  第一話  ダルい夜

また、ダルい夜がやってきた。

ダルいのは行きたくないからだ。
何て面倒なのだろう、どうでもいい女を喜ばせるのは。

僕は、遊ぶ金が欲しいだけで、このバイトを始めたのだ、
もう、二ヶ月たっているがオーナーがいうには、

僕は、『向いている』らしかった。

あそこでは、いつも女のスカートだとか足元にさわってしゃがむことに、はじまる。
『お目見え、ありがたき幸せです、お嬢様』

こんなみえすいた商売ゼリフで、女は、喜んで、沢山金を渡すのだから……
ちゃんちゃらおかしい。

変なレースの飾りのついた暑苦しいワンピースに
ピンクの靴。
むせかえるような重いたぐいのトワレ。
つけすぎなんだよ。
ついでに言えば、無理矢理太くしすぎて目尻から離れたアイライン、
左右ずれた付けまつげ、
ガタイのわりにちんちくりんな、プチネックレスが肥満した首に埋まっている。

誰も、『可愛い』と思うわけが、ないじゃないか。

しかし誰にも『可愛い』と言われない女だから通うのだろうか。

多分、ただ
『可愛いね』
という(心にもない)一言を聞くためにね。

ちょっと、
『心あるいいやつ』風な友達は、
僕に、
『染まらないうちにやめろ』
など言ってきたこともある。

染まる、染まらないで考えるのは、心に自分の原型、自分のカラーがあるやつのやりかたじゃないのか。
僕は、あまり、自分のカラーなんて知らないのだし、別に、特に知りたいとも思わない。

二ヶ月のあいだで、僕の出勤日は週四日から月20日に変わった。

僕は、あそこにくる女は、演出された『体裁と様式』に酔うのだ、と思っている。
心をこめていうのなら、僕は指摘するだろう、
ひとつひとつゆっくりと。

例えば『それは可愛くないよ』と言うようなこと。

しかし、向こうに求められていない会話はすべて、金にならないことくらい、僕はわかっていた。
僕は、稼ぐためにこのバイトをしているのであって……。

求められる様式、体裁に従うことは、心通りの言葉よりも、
むしろ価値が認められ感謝されるものなのだと。
うっすらそのことを、把握してからというもの。
僕は、人気役者のように連日、あそこに呼ばれ始めた。

つまりたぶん、思っていないことを言うほどやるほどに、『金になる』のだが、月20日ともなるとね。
稼いだ金で遊ぶ時間がなくなったせいか、僕は、イライラしはじめている。

イライラしはじめている僕は、最近いつも、夕方からダルくなるのだった。

この最もイライラする夕方よりも、
さらにダルイ、
むせかえるような香りのトグロに巻き付かれるような長い夜が、
今日も、やってくる。


     》》》 第二話へ


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2009年10月12日

造形作家・井上廣子は、世界各地の窓の写真を撮りため、『Inside-Out』(フォイル、2009年)という写真集を発表した。
とはいえこの作家が撮影する窓は、「窓」という言葉が通常喚起するような、明るく開放的なイメージをもつものではない。 写されているのは、精神病院や少年院や生活支援施設の、無味乾燥な壁面に穿たれた窓なのである。

カーテンを閉ざした窓。 鉄格子のある窓。 クリスマスの飾りつけが施された窓。 窓枠すら朽ち果てた廃屋の窓。 それらの窓を井上は、多くの場合は部屋の内側から、撮影していく。
もちろん、室内にあるものは、窓ばかりではない。 丸められたシーツやくぼみのできた枕、ベッドサイドの人形やプラスチックのマグカップ、歯ブラシや手鏡や点滴のチューブ。
窓からもれる光を受け、生活者たちの痕跡が、否応なく写り込む。

人々の痕跡や気配で満たされた室内は、しかし、どれも無人である。
ある室内から別の室内へ。 そして窓から窓へ。
ページをめくるわたしたちは、いつしか、無人の部屋にいるはずの、あるいはかつてそこにいたはずの住人に、近づいていく。
ほの暗い室内で、唯一、光をふくんでいる窓。 それが次第に、「外」の世界へと開かれた出口なのではなく、むしろ、「内」の世界の最果てのように、見えてくるだろう。
閉所にあることがつきつける、安堵と恐怖を、わたしたちも知るだろう。

けれどもこの安堵や恐怖は、「特殊な」境遇にある人たちだけが感応するような、病理学上の、あるいは社会的な要因に拠るものでは、おそらく、ない。
たとえばそれは、希望や絶望よりもさらに手前にある、もう少し原初的な、安堵と恐怖ではないか。
隔離のためにつくられた室内は、窓によって開かれ、同時に、窓によって閉ざされてもいる。 あるいはその場は、窓によって保たれながら、窓によって乱されてもいる。
窓を穿たなければ発動しなかったはずの、内とか、外とか、開かれとか、閉ざされとか。
安堵とか、恐怖とか。

井上が被写体として選択した、窓のある室内は、人を効率的に隔離する施設の一部である。
だが、井上の写真が示す室内は、それ自体としてすでに、ひとつの構造をもった病、四角い病巣でもある。

     by imamura (本サイト管理人C)
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2009年10月05日

うさぎの宗教?

翻訳業に携わっておりますこにりょです。
今回はお気に入りの本のご紹介。

以前「動物たちにも宗教はあるのか」と漠然と考えていたことがあります。
嘘か真か、イルカやゴリラや象が仲間の死を悼むとか小耳にはさみ、そういうのは宗教的な行動だといえるのだろうか、とかいろいろ想像していました。

そんなこと考えているときにいつも思い出すのが、リチャード・アダムスの動物冒険小説『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』(評論社刊)。これは中学のときに読んで以来、ときどき読み返す、ぼくの愛読書の一冊です。

シャーマンのようなウサギが村の危機を幻視し、それを信じるウサギたちが新天地を求めて旅立つ。その行く手に待っているのは……、と物語も実に面白いのですが、この小説では、そのウサギたちが持っている神話や宗教が事細かに描かれています。創造神フリス、神話英雄エル・アライラー、死の黒いウサギ、など緻密に構築された宗教世界に驚きでした。

物語の中で、お話上手なウサギがときどき神話英雄ウサギの活躍を語ります。それを聞くウサギたちは、その伝説の英雄と同化し、英雄が行なったこと、感じたことをそっくりそのまま追体験し、それによってウサギたちは活力や知恵や勇気を得るのです。

しかし、旅の途中で立ち寄ったある奇妙なウサギ村では、もはや神話物語は忘れられ、その村にいるのは語り部ではなく詩人でした。その詩人ウサギは、神話ではなく韻文の詩を朗読しているのです。どうしてそうなったのか、それは読んでみてのお楽しみですが、ある環境によって神話物語が詩へと変化していくという展開は実に印象的でした。

この小説を読み返すたびに、「動物にも宗教があるのだろうか」というぼんやりした疑問は、いつもこの構築美にかき消されてしまいます。ああ、きっとあるんだ、そんな気になったりします。それもまた物語のもつ力なのでしょうね、きっと。
posted by こにりょ at 02:50| Comment(1) | お薦め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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