2009年11月09日

リレーを終えて。

管理人Aです。

三週にわたって連載した「烏揚羽」


私自身、書き手に紛れ込ませていただきましたが、
読み物としての完成度とかはまあ、問わないとして(笑)、
個人的に、人間の脳って面白いな、と思いました。
同じ素材から、こんなにバラバラのことを考えつくなんて。

そこで、他の方にも感想をお聞きしたところ、
第1話、および第4話をそれぞれ担当した方から、
以下のような「あとがき」コメントをいただきました。

全文転載させていただきます。

//////////////////////////////

―― 架空の人物設定をするときに、なるべく日常から離れた世界の人物像にしようと思って誕生したのが第一話です。
メンバーの誰かがよく知っている世界には先入観がでてしまうので、知らない世界にしてみました。
どう扱うかはみなさん次第という余地を残して、
主人公のその後をみなさんにゆだねました。

後から思うのはバトンリレーのランナーは、バトンを待つ人が次の地点にいるから、バトンをもって走れるんじゃないでしょうか。

バトンを持たないで走るのと持って走るのとではどう違うのかを、バトンリレーの一員として参加させていただき経験できたことに感謝しています。
そして参加者の皆様、ランナーが走るグラウンドを提供してくださった管理人様に改めてお礼もうしあげます。

ありがとうございました。(第1話担当)

//////////////////////////////

―― リレー小説ははじめてでしたが、
書き手兼読み手として、どんな風に話を展開させようか、とか、
自分の後はどんな風に展開されるのか、といろいろと楽しめました。
私はと言えば、ともかくワンアイデアで、ノリと勢いのまま一息で書き上げました。
で、「あとはお任せ!」と、気楽なところ(責任逃れ可能なところ?)もよかったです。 (第4話担当)

//////////////////////////////

以上です。

来週からはまた、思い思いの内容での、
のんびりペースのリレー・エッセイに戻りますが、
たまにはこういう実験もやってみなくちゃ、と思いました。

辛抱強く読んでくださった皆様、
および、感想をお寄せ下さった方々、
さらにはオマージュ・エッセイをお寄せくださった方、
ありがとうございました。


posted by 面 at 23:57| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

夜にさよなら ( 烏揚羽へのオマージュ )

今回のリレー小説を読んでくださっていた方から、烏揚羽へのオマージュとして一篇のショートストーリーをお寄せいただきました。
思いがけない反応で、こういう波及の仕方もあるんだなあと、
うれしく思いました。
以下にて、全編を掲載させていただきます。 





/////////// 夜にさよなら //////////////


― 私は泣いていた ―

 誰もがうらやむような高級レストラン。 広い店内で一人で泣いている私は、まるで世界に、置いていかれたようだった。


『お目見えありがとうございますお嬢様★』

歓楽街の喧騒を抜け、静かに階段を降りていく。 二人の男により、重厚なトビラがあけられると、何人もの美形の男が、整然と並び私を迎えた。

ドアが閉まると喧騒は追い出され、外の世界を隔絶するように、ムーディーなジャズが流れた。

私は男に荷物を預け、ゆっくりと奥に向かい歩いた。 ふわふわとした絨毯は、粘土の上を歩いているような、奇妙な違和感を感じる。


うす暗く演出された照明の中、通路を歩いていると、甘ったるくどろどろに溶けた香水が、私の嗅覚を奪う。 甘く。 さわやかに。 妖艶に。 スパイシーに。 フルーティーに。 それぞれの個性は、混ざり合い、ただの毒へと姿を変えていた。

一番奥のVIPルームに私は通された。 ソファーにすわると、ゆっくりと体が沈みこんでいった。
瞬間。

私は、とてつもない虚しさを覚えた。 ソファーに沈むその瞬間、私はこの世が終わってしまったような錯覚に陥る。

目の前に男が跪く。

『お目見え、ありがとうございますお嬢様★』

決まりきったセリフ。 私には『いらっしゃいませ、こんばんわ〜★』に聞こえるのだ。

「何かお飲みになりますか?」

「いつもの」

「かしこまりました」

しばらくして、男が飲み物をもってきた。 渡された冷えたグラスを持ち、静かに喉に流し込む。

 ー甘いー

全てがくだらく思えた。 現実の私は男を眺め、私の意識はソファーの中に沈み込んでいった…。

……

働いた。


働いて働いて働いた。

某一流企業に就職した私は、胸や尻を触られ、ホテルに連れこまれそうになっても、負けなかった。

見下した男は踏み潰し、嫉妬する上司は、へつらった笑いに変えて地をなめさせた。 いつしか男に対する偏見だけが残った。

 金はあった。 権力もあった。 何でもあった。 しかし、私には何にもなかった。

青春をビジネスに捧げた私に、友達は一人もいなくて、若くして両親を亡くした私には、家族すらいなかった。

寂しかった。 人のぬくもりが欲しかった。

いつしか私は、ホスト遊びに狂った。
……

『オラオラ飲めバカやろ〜!』

汚いヤジにうながされ、男が酒を飲む。 誰のヤジ? 私のヤジ。

顔が真っ赤に染まった男が、限界を越えて酒を吐き出す。
「何してんだバカやろー!一本60万だぞー!!」

私は男の足を蹴り上げた。

「す…すいましぇん」

ろれつの回らない舌で、男が喋る。 顔は整っているのだが、そこに美形はいなかった。

「もったいないから、こぼした酒も飲めよ!」頭から酒を浴びせられた男は、私に地をなめさせられた。

(私は何か手に入れただろうか)

………

「オマエの心は俺のもの。 俺の心は俺のもの。 夜のジャイアン、京太です★」と自己紹介した男は、数時間後、裸で私の足元に跪いていた。
 さんざん威張っていた男は、私に一晩500万で買われた。明日はお店の締め日で、京太はどうしてもNO.1になりたかったらしい。
「頭下げて」

「…。はい」

 命令されて、頭を下げる京太。 私は跪く京太の頭を両足ではさんだ。すぐに京太の顔に温かい液体が降り注いだ。 京太の体が屈辱で震える。

「もったいないから飲んで」

 そのセリフを言った瞬間、私は最高の絶頂と絶望を手に入れた。

イケメンと言われる男達が最上級のサービスをしてくれる煌びやかな世界。 心が飢えていた私は、そこにオアシスを求めた。 しかし、そこに私の求めていたものはなかった。 結局は金。 通えば通うほど、私の心は荒れた。

 それから私の趣味は、ホストいじめになった。

………

「聖夜はいないの?」

「え?」

ひさびさにコミュニケーションがとれて嬉しそうにした男は、すぐに顔を曇らせた。

「すいません…。 聖夜はもう…」

「そう…だよね」

私はまた、酒を口に運んだ。 今度は味がしなかった。

………


『お目見え、ありがたき幸せですお嬢様★』

何件目かの出禁をくらった私は、新しく入った店で、その男に出会った。 名前は聖夜と言った。

なれないセリフ。 きっと聖夜という名前も、誰かにつけられたのだ。しかし、聖夜の言葉には熱があった。

「何かお飲みになりますか?」

「…。」

私を見つめる、まっすぐな瞳。

「お嬢様?」

温かい声。

「お嬢様!」

「…っ!。な…何でもいいわよ。 アナタの好きなものを頼みなさい」

気づくと私は、目の前の男に、意識を奪われていた。

「なんでもって、本当に何でもいいんですか?」

「いいって言ってるでしょ。」

「じゃあ、これ頼んでいいですか。 俺、これ好きなんですよね」

といって聖夜が頼んだのは、メニューの隅っこにあったカルーアミルク。 私は数年ぶり、いや人生で初めてくらい、腹の底から笑った。

聖夜はけして、美形とはいえない。 ヤンチャな少年のような顔をした聖夜には、田舎臭さすら残っている。 似合わないスーツに浮ついた言葉。 しかし、聖夜には夜の後ろめたさがなかった。

ここにいる人間は、客も含め、何か暗い情熱に包まれている。 そこに金と性が関わっているからだと思う。

聖夜にはそれが全くない。 異常な世界の中で、聖夜の周りだけ、光が灯っていた。 聖夜と話す人間は、自分が正常になったような錯覚に陥る。 そして聖夜は、心から客を大切に扱い、愛していた。

私は聖夜を可愛がった。 一晩で800万使った事もある。 まるでなくした何かを聖夜が全て埋めてくれるようだった。

(私の力で、聖夜をNO.1にする!)

 しかし、聖夜を必要としているのは私だけじゃなかった。 まるで、夜の街灯に群がる蛾のように、女達は聖夜を欲っした。

やがて聖夜は、圧倒的なNO.1になった。 私の指名がなくても、聖夜には常に客がついた。

「あなたがいなくても大丈夫」

そう言われてるような気がした。

 満席の店内で聖夜を待っている間、聖夜と女の笑い声がするたびに私はイライラした。

気をひくために、わざと帰った事もある。 本当に申し訳なさそうに謝る聖夜を見ると、私の胸は熱くなった。

ある日私は、聖夜を強引に店から連れだした。 オーナーには1000万渡した。 誰にも文句は言わせない。 もう誰にも聖夜は渡したくなかった。

私は貸切にしたホテルのレストランで、聖夜と一緒に食事をした。

「おいしい?」

私は、似合わない、可愛らしい笑顔で笑った。

「あ…おいしいです」

緊張してるのか、聖夜はぎこちなく笑った。 目の前で聖夜を1人じめにしている。 それだけで私は、全てを手に入れたような気になった。
「この後、どっかに行く?」

「どっか…ですか?」

聖夜は、相変わらず緊張している。 私は聖夜をリードする事にした。

「ここ、私が泊まってるホテルなの。 最上階に部屋があるから、疲れたなら一緒に休まない?」

「…お気遣いありがとうございます。」

そのまま沈黙する聖夜。 何か温度差を感じる。

「どうかしたの?」

「いえ…。 店の事が気になって」

「大丈夫よ。オーナーには話をしておいたから。 今夜はずっと一緒にいれるのよ」

「いえ…店というか他のお嬢様の事が」

バンッ!!

私は、テーブルを思いっきり叩いた。 みるみるうちに私の顔色が変わる。

「あなたは私に1000万で買われたのよ! 他の女の事なんか忘れなさい!!!」

ものすごい剣幕で聖夜をにらみつける。 しかし、聖夜はまったく目をそらさなかった。

「…香奈さん…すいません。 俺は全てのお嬢様を宝物だと思ってます。 だから、金のためにお嬢様を裏切ったり、金をもらってお嬢様を抱く事なんか…できないですよ」

「バシャッ!」私は聖夜の顔にワインをかけた。 純粋な気持ちを裏切られた私は、激昂した。

「帰って!」

「香奈さん俺は…」

「帰れ!!」

二人だけの空間に、男のような怒声が響きわたった。

「…大切なお嬢様を傷つけてしまい、本当にすいませんでした。」

「バチッ!」私は力任せに聖夜の頬を叩いた。

「あなたの顔なんて、二度と見たくない!!」

「…俺は…失格ですね。 すいませんでした。失礼します」

 聖夜がでていった。

一人取り残された私は、冷静になり、静かに泣きはじめた。

 拒絶された事が悔しかったんじゃない。 やっと見つけた大切なモノまで、金で買おうとした自分が情けなかったのだ。
それから1ヶ月、私は店に顔をださなかった。

しかし、聖夜の事が頭から離れる事はなく、どうしょうもなくなった私は、再び店に足を運んだ。
聖夜はそこにいなかった。

突然店を辞めたらしく、オーナーも行き先を知らなかった。

私は、さまようように店を渡り歩いた。 が、どこにも聖夜はいなかった。

暗闇の中で灯りを探す。 しかし、ついに聖夜が見つかる事はなかった。 フカフカのソファーは、いつしか死体になった私を受け止める棺桶になった。

「カラン。」空になったグラスの中で、氷が鳴った。 その一杯を最後に、私は店に通うのを辞めた。

……

ある日の事だった。 仕事に忙殺された私は、フラフラになりながら道を歩いていた。

雑踏の中で、向かいから歩いてくる男に、私は目を疑った。

黒くたてた髪に、ビジネススーツ、さわやかな風をまとった精悍な男。容姿はまったく違うが、幼さの残るヤンチャな顔は、明らかに聖夜だった。

突然の事に、私は気が動転した。 嬉しくて今にも抱きつきそうになった。 だけど私はお嬢様じゃないし、聖夜は聖夜じゃない。 それに、店を辞めたのは、きっと私のせい…。

私は顔をそらすように聖夜とすれ違った。 胸が破裂しそうなほどにドキドキと鳴った。

聖夜は私に気づいていない。 完全にすれ違った時に、私は二度と聖夜に会えなくなるという、絶望感に襲われた。

私が振り返ろうとしたその時。

「香奈さん?」

足を止めた聖夜が、私を振り返り声をかけてきた。

まったく関係なくなったはずの私に、聖夜は声をかけてくれた。

私は嬉しくて、涙がでそうになった。 どんなに毎日、聖夜の事を思っていたのか、どんなに一生懸命、聖夜を探していたのか、伝えたくて胸が張り裂けそうになった。 私は聖夜の事が大好きだ。

「〜〜〜!」

…。

振り返った私は、静かに聖夜を見つめた。

「香奈さ…」

「あんた…誰?」

私は冷たく言い放った。 一瞬とまどった顔をする聖夜。

沈黙…。

「…すいません。人違いでした」

沈んだトーンでそういうと、聖夜はまた、自分の道を歩き始めた。 私もまた自分の道を歩き始める。

 姿が変わっても、聖夜は聖夜だった。 それだけで充分だ。
私はお嬢様じゃないし、聖夜は聖夜じゃない。

 あなたが心から大切にしたのはお嬢様。

闇の中で作られた幻想は消えた。 だけど、心の中に残ったものは真実だった。

私は振ったのか、振られたのか?

わからない。だけどあなたのおかげで…。

― 私は笑っていた ―


posted by 面 at 00:00| Comment(2) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

烏揚羽  第六話 ver.4

     《 第五話 ver.1 から 》

風がドアをかすめる音だと思った。
僕はふりかえらなかった。
電話ボックスの荷台に横座りになり、受話器を耳におしあてたまま、きこえてくるコール音を数え続けていた。

どこにも、つながらないはずの、番号。
ずっと昔に、途絶えてしまったはずの、回線。

青みが差したガラス越し、街は、再び朝へと向かっている。
その街のどこかで鳴っているはずの、見覚えのある電話機を、僕は思い浮かべている。

★★★

どこをどう走ったのか。
逃げなければ。
自分の中の誰かが、そう、命じていた。

北沢という友人から逃げようとしたわけでは、おそらく、ない。
あいつの顔の青白さは、心底、耐えがたかった。
だが、それ以上に耐えがたいものが別にあることを、僕は知っていた。
そして、それが、名指してはいけないものだということも。

どこまで逃げるのか。
あてはなかった。
駅を抜け、歓楽街を抜けた。
けばけばしい文字の羅列がすぐ背後に迫ってくる。
それを振り払うように、僕はただ、闇雲に走った。

闇雲に走るとビル街の谷間にそれはあった。
青白い光がひっそりと浮かんでいた。
電話ボックスだった。

★★★

コール音にまじって、再び、ドアをかすめる音がきこえる。風ではない。
「探シタヨ」、背後で声がした。
ふりむくと、北沢が、青白い顔のまま、口元だけを少しを歪めて立っている。
笑いかけようとしているのだと気付くまでに、数秒、かかる。

「電話ボックスナンテ、マダ、アルンダナ」
北沢の口が動いている。しかしその言葉は、くぐもり、からまって、すぐには意味を結ばない。

「トリアエズ、ドア、開ケロヨ」
北沢がドアをゆする。
二つに折れる電話ボックスのドアは内向きに開く。内側から体重をかけて押えていれば、容易には開かない構造だ。
「マズ、開ケロッテバ」
ドアを叩く北沢の力が少しずつ強くなっていく。

お願いだから、少し、黙っていてくれ。

「オイ、俺ノ方、見ロヨ」

目をやると、ガラス面に奥に、自分の顔が沈殿している。
かさつき、粉をふいた肌。落ち窪んだ目元。
本当に、これが、自分の顔なのだろうか。
それとも、向こう側に立っている、北沢の顔なのだろうか。
どこまでが自分なのか、もう、よくわからない。

いや、もしかしたら。
もしかしたら、この青白い電話ボックス自体が、すでに、自分の皮膜なのかもしれない。
脱ぎ捨てることのできない皮膜。
べっとりとまとわりつき、皮膚呼吸を遮断してしまう、皮膜。

脱皮。
いや、それ以上、考えてはいけない。
名指してはいけない。
今はただ、あたたかかったはずの、あの懐かしい部屋のことだけを、思い浮かべていよう。
その部屋には、僕の言葉をまっている誰かが、いたはずなのだ。
からっぽの部屋。
白い電話機。
その電話機に触れていた、幼い自分の、小さな手。

上唇に何かが触れる。
雪だろうか。
見上げても蛍光灯の弱々しい光しか目に入らない。
訝しく思い、舐め取ると、涙だった。

★★★

電話ボックスの蛍光灯が、不意に、消える。
朝だ。
北沢はまだいるのだろうか。

受話器の奥では、いつまでも、コール音が続いている。
回線はつながっている。
けれども、その回線の向こう側に、話すべき相手はもういない。


(終)


管理人より: リレー小説「烏揚羽」は、これにて完結です。 
根気強く読んでいただいた方々、ありがとうございました。 

オマージュ・ストーリーを寄せてくださった方もいらっしゃいますので、
明日はそちらを紹介させていただきます。 



posted by 面 at 00:00| Comment(2) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

烏揚羽  第六話 ver.3  ゆるくない

     《 第五話 ver.1 から 》

僕は、北沢がなぜ僕の部屋にいて、ベッドの上にいて、なぜ青白いのかを考えたりたずねたりする前に……。


おかしなことに、あのとき自分が部屋を間違えたのではないかと一瞬、自信をなくしたのだ。

てっきり自分の部屋と思っていたけど、ここは北沢の部屋なのを何か勘違いして入ってしまったんじゃないか。

となると、ここにいて違和感があって間違っているのは僕だよなと。


とりあえず知り合いだから、間違えたからといって殴られたりはしないだろうと妙な安堵をしたので、僕はなんだかまずはほっとしたのだ。暴漢に殴られることだって頭をよぎっていたのだから。
命の危険を感じていた恐怖に比べたら、北沢がいることへの疑問の方が、負荷が軽くて受け入れやすかったのだ。



自宅に帰って勘違いしたような気になるとは、僕も大分突然の出来事にぐらついていたのだろう。
北沢に、おもむろに
『悪いけどでていってくれないか』
と言われたときは、見慣れた部屋であっても、そうか僕が間違えたからとまで思わされそうになった。




あの日は、知らない女に立ちはだかられ、特に言いくるめられたわけでもないのに
ハメルンの笛吹よろしく僕は女にただついていって、そのうえ突然してしまい、シャワーをしている間に女はいなくなっていた。
ハメルンの笛吹についていくのは子供だったが、僕は、あの女のタバコに誘われた蛇、あの女は蛇使いみたいだった。


僕は、自分が爬虫類として知らない女に使われたなんて思いたくなかったが、後味としてはそうなのだ。
『僕は、蛇じゃない』
となんだかうろこをはがすかのように体を必死に洗った。



一人でホテルをでた後、バイト先から何度も留守電とメールがはいっているのを見て、ハメルンがどうとか考えている場合じゃなくなり、どう言い訳するのか、帰宅する道すがらずっと考えていた。
急に連絡もせず休んだのだから、当然のなりゆきだった。


僕は、そういう点では滅多におきえないようなあの時間ですらも。
そこに長いことひたり続ける生活をしていないのだな、何か、僕には考察するような優雅さはゆるされないのだと思った。
『なかなかゆるくないな、こんな日まで』
と、実家の母の口癖
『ゆるくない』
が自然とこぼれてきた。
ゆるくないことをわきまえなければいけないと思って自分の部屋に向かって歩いて戻り。
歩いたのは足がついてるからで、
『僕が蛇じゃないからだ』と言い聞かせていたりもしたのである。



そして、何の交換条件もなくただ逆ナンしてくれた女がたまたま十分に女だった幸運、そのような寄劇の直後でも日常はぼくに電話を容赦なくしてくる、

バイトの僕には特別な有給休暇がないので、前向きといえば前向き、なにがおきても長くひたり続けられない。
全くなんてしらけているのだろうと思いながらも、僕は、日常との接点をもてるあの留守電に感謝もしていた。

有給休暇のない僕は希代の特別な出来事を歌にも詩にもする暇がない。
一度の逆ナンをきっかけにそのままバガボンドみたいに、愛欲の放蕩につきすすむような特殊な色男ではないのだ。
あの女のいた時間に繰り返し回想して考え事をしていたくないのもあった。
僕が特殊な色男だったら執事マニュアルは必要ないじゃないか。
あれはただの逆ナンで、僕は、年頃の血気健全な男子だった、わりとうまいことできた幸運じゃないか、それだけじゃないかということにすませたいのだ。



僕は、自覚してきたのだ、存在するだけで<お嬢様>を通わせる自分じゃないから、サービスを意図的に磨いている。
対価を求めないものは愛なんだという前提が、蛇には通用しないことにおびえてしまうから、必死に洗い続けたのだ。


ただ、急にさぼった形になったバイト先オーナーに、
どう言い訳するのかばかり考えていたことを思い出す。何か他のことを考えないと蛇にされてしまいそうだったから。


インフルエンザだとしたら一週間は休まないといけないし、それはバイトが減るから嫌なのだ。
次の日のバイトに出られる程度の風邪だったら、
『電話ぐらいできるだろう』
という話しになるじゃないか。
どうしたら電話もできなかったことになり、
次の日からはバイトできるのか、
そういうことで頭がいっぱいになった僕。


あのオーナーは嘘をつくのは平気だろうが、僕の嘘を見抜くことも勿論できる。嘘についてはキャリアが違うのだ。
龍の背中の男と関わるオーナー、僕の背中に龍はいないのだから、わたりあう嘘なんて思い付かない。


結局、その日は電話はしなかった。


◆◆◆

話は戻り、結論からいうと、
北沢が主のようにも見えた部屋は、やはり、僕の部屋だった。


北沢は服を着ていたが、実は服をきちんときていない女が洗面所にいて、


つまり僕が部屋を一旦でないと、その女が服を着ることができないのだと言う。

北沢が謝ったのは女が服を着てからだった。


自分の部屋なのに帰宅したら勝手に上がり込まれていて、一旦出ていけと理由もわからず追い出された僕は、北沢の勝手さよりも、自分が部屋を間違えていなかったことにまた安堵したのである。


僕が鍵の置き場を比較的単純な場所にしているのを北沢に話したことがあり、遊びに来たときに、見せたこともある。
北沢は、僕が執事喫茶のバイトに行っている時間帯をねらって、僕の部屋に女を連れ込んでいたのだ。


北沢は、
『後から話すつもりだったけれども、もうどうしても止まらなくて……』
など、民家(僕の部屋だ)を勝手に無料のホテルと判断したことについて、
よくわからない言い訳と、『女を家に送りたいから続きはまた後にしたい』、だから
『俺を一旦部屋から出してくれ』など虫のいいことを言ってバタバタと出ていった。



僕は、自分がさっき出会った話の珍しさの方が、
北沢が僕の部屋を、無断借用した話よりも珍しいと思っていた。
それに、最初は強盗かもしれないくらいにビクビクしていのが北沢(と、女)だったのも一命をとりとめた気分だった。
自分の比較するストーリーに激しさがあると、僕は、あまり驚かないのかもしれない。

なので、北沢の説明はそれ以上聞きたいとは思わなかったが、シーツを取り替えるのが面倒で、あいつに取り替えさせれば良かったなと少し後悔したのである。『後から話すんじゃなくて、先に話すもんだろ』
と一人言をいいながら、母が送ってきた、僕には意味のわからない花柄のシーツに取りかえて眠った。



◆◆◆

翌日、僕は、一つだけ講義にでてすぐに帰宅した。
公園によってみたかったのだが寄り道はしなかった、前日のあの女がまた現れるのも、現れないのもどちらも僕の思い通りではないというか。




執事喫茶には、電話せず早めに向かうことにした。
オーナーがまだ私服でタバコを吸っているうちに顔を出そうと。


僕は通用口から入っていき、ここは開口一番、シンプルに謝ることからはじめようと考えていた。
しかし開口するのはオーナーの方が早かった。





『なんだ、お前、やめたのかと思ったよ、今日は働くのか』
『……すみません』

『すみませんじゃなくてやめんのか働くのか、聞いてるんだ』
『働きます』
『そうか。じゃあしっかりやってくれ』



想像していたより、オーナーはさっぱりとしている。

僕は、オーナーが、僕の体験した『昨日一日の珍しい話』を聞くつもりがないことがわかった。


それは気楽ではあったが、僕は、誰かに話くたくもあったのだ。
それ以来、僕は、なぜ『お嬢様』がたがやたらと早口で、こちらにしてみたら大したことのない『素敵なお話』を毎回話したがるのか少し理由がわかるような気がした。


人の聞く耳なんて、滅多に長く向けられるものではないのだ。
蜜のない話に、人は耳を貸さない。


都会であればなおのことそうなのかもしれない。
その話がどのくらい『素敵』だとか、
『特別に変わった話』かどうかよりも、



本人にとって蜜がなければ
どうでもよい話なのだ。



人の耳は蝶のようである。
美しい花、変わった花だから止まるのではなく、好ましい蜜があるから蝶は花にとまるのだ。
その蝶が滅多に見られないものだから、人は自分の肩に止まるその蝶を見ていたいのだ。


都会では滅多に見られない種類の蝶の羽模様をお見せする、
つまり、聞く耳を提供するのも
英国風サロン『烏揚羽』。

こちらが蛾とかカラスだと思われたら商売にならないのだ。
あくまでも美しい烏揚羽が、
麗しいお花のような<お嬢様>にとまりたくなるようなそぶりを見せ、
<お嬢様のお話>を、
蜜の香りがするかのように聞かせていただくのが体裁なのである。


北沢は『カラス喫茶のバイト』と呼んでいたが、正確には英国風サロン『烏揚羽』なのだから。


◆◆◆


『烏揚羽』には、ハメルンの笛吹みたいな、逆ナン女は二度と現れなかった。
僕は、そこで自分は『一度で十分な程度の男』だったのだとは気づかなかったけれども、



バイトをやめた今ならわかる。
僕よりさらに若い高卒の男がバイトではいってきたとき、
オーナーが
『素人くさいのが一番いいんだよ。ぎこちないくらいがかわいいんだ。プロって上手すぎるのが、ピュアな感じがしないだろ。ピュアが一番いいんだから。』
と誉めそやしているのを聞いたり、
執事喫茶に集まる<お嬢様>の多くが単なる新人好きであることも、僕が新人じゃなくなってから気づいたのだ。


世の中で(正確には、執事喫茶で)一番若い男ではなくなったことに気づいた僕は、
そこで新人君に打ち勝つまでやってやる競争心もないが、同じ<お嬢様>がたが新人君に流れていくのを
見ている役をしたくなかったので、
わりのいいバイトではあるがやめたのだ。
色のない部屋でプロにはなりきれなかったらしい。


<無断借用の北沢>は、後から話すと言っておきながら後からあれについては何の話もないが、たまに学校であうと普通に話しかけてくる。
『カラス喫茶やめたんだってな。山下にもさ、プライド芽生えたんじゃないの。なんていうか誇り、みたいなの?それってあったほうがよくね?あそこで一生できないだろ。』


カラス喫茶って略すなよ。
無断借用のおまえにプライド言われたくないんだよ、
そのみたいなものってのが余計なんだよ、
おまえの就職先だってそのなりと成績じゃ知れてるだろ。
と思いながらも、



僕は、プライドが傷ついたから辛かった、という気持ちよりも、
『傷つくようなプライドが自分にあったこと』
に安堵していたのもあり、言い返さないことにした。

かといって特に、なりたいものもしたいこともないのだが、『スキルよりもぎこちないピュアが勝つ』類いの仕事はしたくないということは一つわかったのだ。
無理矢理、あのバイトで収入以外の収穫を見つけたとしたらそれを発見したことになるのだろうか。


◆◆◆

僕は、『拙さを意図的に保ち続けること』も一つのサービススキルだということに気づけていないようである。

そういう僕は、まだ、生きることに拙いのだと思う。


(終)


posted by 面 at 00:00| Comment(2) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

烏揚羽  第六話 ver.2  タバコ

     《 第五話 ver.1 から 》

「北沢? どうして・・・」

状況が呑み込めずにいる僕の言葉をさえぎるように、
北沢が言う。

「鍵なら開いてたぜ。 まったく無用心だなぁ。
ほら、おまえ今日、ガッコ来なかったろ? 
最近、ろくに口もきかないし、ちょっと気になってさ。」

「鍵が開いてたって? そんなこと・・・」

「ちょっと近くに買い物でも行ってんのかと思って、
にしたって物騒だろ、開けっ放しじゃ。 
しばらく玄関んとこで見張りしてたんだけど、寒くて寒くて。
何回もケータイ、かけたんだぜ?」

ジーンズのポケットに入れた携帯を開く。
受信7件。 すべて北沢だ。

「あ、悪い。 気づかなかったよ。」

「おいおい。 どんだけ鈍感なんだよ。 
ポケットなら気づくだろうよ。 ズボン、履いてなかったのか?」

「何だよ、それ。」
たんなる軽口だとわかっているけれど、
じわりと手が汗ばむ。

     ★★★

暗がりの中で、
男がひとり、ベッドに腰掛けている。

ぼんやりと白くうかびあがる、裸の背中。
北沢? いや、そうじゃない。
鍛え上げられたボクサーのような筋肉。

男はおもむろに振り返る。

オーナー?

僕はあの噂を思い出している。

なんだ、龍の彫り物なんか、どこにもないじゃないか。

そういえばあの「執事」、何かにつけ大げさな話の多い男だった。
やっぱりあれは嘘だったか。

そう思ったとき、
足もとで何かが動いた。

見ると、一匹の黒い蛇が、
小さな身体をよじらせている。 

そうか、オーナーの背中から落ちたのか、と、
僕はつじつまの合わないことを考えている。

蛇は動くのをやめたかと思うと、今度は不自然な形にふくらみだした。

何か大きなものを呑み込んだようにも、
あるいは、何かをみごもっているようにも見える。

気味が悪い、と思ったその瞬間、
ふくらんだ蛇の背に亀裂が入り、
なかから無数の蝶が噴き出してきた。

アゲハ蝶だ。

とめどなく、噴き出してくる。

黒地にうっすらと青緑の光をまとう蝶の羽が、
幾重にも重なり合って、部屋を包む。

     ★★★

「あ・・・悪い。 起こしちまったか。」

目を覚ますと、かたわらで北沢が上着に袖を通していた。

「泊まってくんじゃなかったのか。」

「うん。 なんか、ごめんな。 勝手に上がりこんで。」

小さく片手を挙げ、玄関を出て行く北沢の後姿が、
いつもより、少しだけ小さく見える。

今夜の北沢は、明るい口調とは裏腹に、何か、
途方もなく暗く沈んだものを、胸のうちに抱え込んでいるような気がした。
僕のことが気になって、と言うが、
ほんとは何か、言いたいことがあって来たんじゃないのか。

北沢の後を追って外に出ると、空はもう、白みはじめている。

「その辺まで送るよ。 タバコ買いたいし。」

北沢は振り返り、目を丸くしている。

「おまえ、タバコなんて、吸ってたか?」

「いや、なんとなく、な。 また始めようかと思って。」

「はは。 山下って、あれな。 何でも逆をいくのな。」

「逆って、何のだよ。」

「イワユル世間ってやつの。 
あと、世間の流れに乗ろうとして必死になってる、オレみたいな奴のさ。」

ずいぶん自虐的だな、と言いながら、
それ以上、うまく言葉をかけられない自分が歯がゆい。

それに、僕はそんな、反骨の精神みたいなもの、持ち合わせてなんかいない。
そもそも僕がまたタバコを吸いたくなったのは・・・

     ★★★

不必要に明るいコンビニの照明が、今日はありがたい。
腹が減ったと言い、朝飯用にと弁当を選んでいる北沢の様子は、
いつもと何ひとつ変わらなかった。

北沢と分かれた後、
僕はタバコに、火をつける。

認めたくないことだが、僕は、蛇の匂いを待っていた。

そんな匂いはしない。

銘柄が違うのだから、するはずもない。

そう、するはずもないのだ。


(終)


posted by 面 at 00:00| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

烏揚羽  第六話 ver.1  カラスアゲハ

     《 第五話 ver.1 から 》

「だから深入りするなと言ったろ?」

まるで自分で自分につぶやいているような、北沢の言葉。
「何のことだ?」
「あの女だよ」
透き通るように白い、北沢の顔。
「いったい?」
僕の言葉が聞こえているのかいないのか。
北沢はただぶつぶつと独り言のように言葉を垂れ流す。

「執事喫茶でバイトなんてするべきじゃなかったんだ」
お前も、俺も。

「俺もあの店でバイトしてたんだ、去年」
そしてある日、あの客がやってきた。あの無口な「お嬢様」が。

それまで執事喫茶なんて、ごっこ遊びみたいなものだと思っていた。
俺は執事っぽく振舞い、客はお嬢様気分を味わう。
そんな他愛もないごっこ遊び。

……でも。

執事なんてものに、俺たちは遊び気分で関わっちゃいけなかったんだ。
あの女は「ごっこ」なんて求めちゃいなかった。
本当の執事を求めていたんだよ。

いつも自分だけのそばにいて、自分だけの世話をする、自分だけの執事を。
いつも自分だけを見て、自分だけにしか見えない、そんな執事を。

透き通るように白い、北沢の顔。
脳みそが透けて見えるほどに、白い。

「具合悪いのか?」
「いや」
北沢は震える手を見つめながら、大きく息を吐いた。
「本当に気分はいいんだ。こんなに気分がいいのは生まれてはじめてかもしれない」

そう言うと視線を手から外し、窓の外に向けた。
差し込む夕日に北沢は目を細める。

「もう行くよ」
「帰るのか?」
北沢は寂しげに微笑んだ。
白く、薄い笑顔。
今はもう背後の壁が透けて見えるほどに色を失っていた。
そして弱々しく立ち上がると、こう言った。

「先に行ってる、だから……」

言葉を言い終わる前に、北沢は消えた。
忽然と姿を消したのだ。
本当に今までここに北沢がいたのかどうか、僕には分からなかった。
ただ、奴の言った言葉が頭の中で消えることなく木霊していた。

「先に行ってる」

だから……

だから、僕はまだ執事喫茶のバイトを続けている。
以前のようにダルくなどないし、イライラすることもなくなった。
不思議と気分がいい。
時々あの女がやってきて、相変わらず一言もしゃべらないまま帰っていく。
北沢はうまくやっているのだろうか?
僕の目には見えないけれど、「お嬢様」のおそばで、「お嬢様」のためだけに、毎日きちんとお世話をして差し上げているのだろうか?
「お嬢様」だけを見て、「お嬢様」だけに見られて。

いや、何かヘマでもやらかしてしまったのかもしれない。
「お嬢様」は多少ご不満であらせられるようだ。
その証拠に、鏡の中にはだんだんと色白になっていく僕がいた。
透き通るように、白い僕が。

店の入り口で空を見上げると、珍しくカラスアゲハが舞っていた。
夕日を浴びてキラキラと輝いていた。
その黒くしなやかな姿を見て、今度「お嬢様」にひとこと言ってやろうかな、と僕はふと思った。

「でも、黒子と執事って、ちょっと違うのではないですか、お嬢様?」






posted by 面 at 00:00| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

烏揚羽  第六話について。

某日、「面」のメンバー5名が対面する機会を持ったことから、
ほぼその場の勢いだけで始まったリレー小説。

各人が一話ずつ担当し、全五話で完結の予定でしたが、
それぞれが次の人の都合や物語の全体を考えることもなく(笑)、
行き当たりばったりで書きつないでいったものですから、
そうそう綺麗に着地できるはずもなく。

第五話 ver.2 は一つの完結を見ていますが、
ver.1 は続きを想定しています。

さて、これに続く最終話を誰が書くかという話になり、
各人がそれぞれの最終話を書いてみてはどうか、
ということになりました。

同じ話の続きが、どれくらい違ったものとして出てくるものか、
一つの実験として取り組んでみた次第です。

以下、原稿が届いた順に
第六話 ver.1, ver.2, ver.3までを本日分として、
ver.4 を翌日分として掲載します。

下のリンクをご利用いただくと、それぞれのヴァージョンに飛べます。

⇒第六話
  ver.1
  ver.2
  ver.3 
  ver.4 NEW


     第一話は、こちら です。


posted by 面 at 00:00| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

烏揚羽  第五話 ver.2  デコエーコ

「………は?……山下?」

「お嬢様」が口を開いた。

店にきたときは結局一言も話さずに帰った、「お嬢様」が。



僕はうろたえて、バイトの時に着ているコスチュームのベストを治そうとしたが、今は着ていないから、
ただ手が腹のあたりで何かをつかむべく泳いだ。

「あ……、あの」

少女が道をたずねるようなたどたどしい怯えた口調の自分にさらにうろたえる僕。

一旦目線を下にそらし呼吸を治してから、

「えっ、どうして僕が山下だと……。」

とたずねた。

ファッと笑いながら、「お嬢様」はこう言った。

「だってどう見ても、山下じゃないの。違ったっけ?」

「いえ、違わないです。 私は山下ですが、お嬢様はなぜこちらに? 何故僕の名前をご存じなのですか。」

バイト口調に整えなければ話せないから、僕は、混乱しながら必死に体裁を整えた。


「ちょっと……何ゆってるの? 私、暎子だよ。 すっぴんだとわからないか。 ちょっとこの人、ほんと失礼だねえ。 アハハ」

中低音がややワイドに開いた、気をてらわない笑い方をして僕を見下ろす暎子という女。
僕のことは山下と、ゾンザイに呼び捨てだ。


暎子って……覚えていない。誰なんだ。


「そういえば、ついでなんだけど。 山下にノート貸したまま、かえってこないんだけどいつ返してくれるの?
それに、なんなの、かあさんとかゆってなかった?
山下、大丈夫?」


急に質問攻めだ。
まるで郷里の母親のように。
息をはさまず一気に色んな種類のことを並べて話したおす「お嬢様」。
見かけは若いが、息づかいが他の客と同じじゃないかと思った。


「恐れ入りますが、どのようなノートでございましょう。」
「どのようなって……大学生協のだけど。 緑色の、二本線のはいった。 ひょっとして、どっかにいっちゃったとか言わないよね。」


大学生協の緑色、とまで言われてやっとわかった。
前期の試験前に宗教学のノートを「暎子」に借りたままだったことをようやく思い出したのだ。

暎子は前期ものの講義、『宗教学』で隣の席にいた同級生である。
派手な、黒と紫の蝶々みたいな模様のTシャツに、撮影でもあるのかというようなばっちりメイク。
たかが学校にパーティーかと思うような「盛り」だの「巻き」だのしてきて、ふんだんに自分の「デコる」のが得意な、飾るのだけが生き甲斐のような暎子。
デコエーコと呼ばれている女だ。

確かにすっぴんだと別人のようで、暎子だとわかった今も僕は暎子のどこをみたらデコエーコなのかわからない。


「暎子って、あの蝶々のTシャツがお気に入りの暎子? 宗教学の。 あの蝶々、烏揚羽なのかなと思ってさ」

僕としては、女の身に付けているものに関心を示すのはサービスだ。
ノートを借りっぱなしにしているのを忘れていたのだから、ここは店じゃないけど、少しくれてやろうと思ったのだ。

「なに、その、カラスとかわかんない。蝶々のって、あれはアナスイのだよ。 お気に入りってなんか私がそれしか着てないみたいに言わないでよ。 ノート返して言ってるんですけど、聞こえてないですか。 後輩が来年使うんだから、なくさないうちに返しておいてほしいの。」

すごい早口だ。
それしか着ていないなんて言っていないじゃないか。 なぜ勝手にネガティブに拡大して勝手に怒るのだろうか。
自分の着ているもののこともよく知らないなんて呆れたものだな。


「聞こえてるよ。 返すよ、今度。」


「今度っていつ。 山下あんまり講義出てないし、今は同じ講義がなんだかわからないんだから、はっきりしてくれる。 何曜日ならきてるの」


すっぴんのデコエーコは、偶然会ったわりにまるで、質問の要点を事前に確認して整頓してきたかのように話すのだった。
一人で浸りたかったさっきの映画のシーンが吹き飛ばされる勢いで。



「ノート返すよ。 水曜日の昼に」

「昼にどこで。 山下、人と話してないからなんだか、レスがトロいよね。」

「話してるよ、暎子以外とは」

しまった。
我ながら変にムキになってうわづる声が悔しい。
僕は子供じゃないし、相手は飾るのだけが生き甲斐のデコエーコじゃないか。


「話してるって、あの執事喫茶でですかあ。 昭和の香りがする、オバチャン天国で、山下がかわいい男の子ぶってる、あれねえ。 ちゃんちゃらおかしかった。 つまんないお人形トークケッサク。 超ビックリした。」


ちゃんちゃらおかしいと、デコエーコに言われるだなんて。
洗練された様式にのっとった僕のサービスを、かわいい男の子ぶったつまらないお人形トークだと……こいつに言われたくないな。
なにがケッサクだ。 駄作扱いしているじゃないか!



しかし僕は実際に、用意していない会話についてはトロいらしく、言葉が出てこない。



僕を見下ろすデコエーコの瞳が、夕陽に照らされて爛々と、さらに赤みを増している。


しかし僕は、こういうときこそ執事風な体裁と様式を活用してみようと思い付いた。


「それよりさ、暎子、すっぴんかわいいよ。 そのほうが好きだな、俺。」


かわいいよ。と言えば女はおとなしくなるのでは、と計算した僕の言葉だ。
計算もしたが、これは体裁だけではなく、デコエーコよりは暎子のほうが、僕にはミステリアスな魅力があるように感じるから。

すっぴんのデコエーコ、つまり暎子はやはり、すぐさま切り返してきた。


「誰だかわかんなかったくせによく言うわ。 ま、そりゃどうもです。あっ、カラス喫茶いったことだまっといてよ。 わりと、めんどくさいから色々。 ノート、水曜昼、学食禁煙フロアでよろしく。 タバコやめとちゅうなの。 じゃあね。」


言い終わるか言い終わらないかわからないうちに、烏揚羽のTシャツがお気に入りのデコエーコ「お嬢様」は、カラス喫茶だかへのご来店を秘密にすることを命じ、要求を一方的につたえてそそくさと歩き離れていった。


正確には、カラス喫茶ではなく、英国風サロン「烏揚羽」だろ。
変な省略をされたものだが、あたらずとも遠からずだ。
暎子には、英国風な様式はあまり合わないらしい。 かわいいよ、では暎子はおとなしくならないのだ。
僕は、自分ではなくて、様式があわなかったただけだと自前の解釈をし、暎子には、執事マニュアル以外の言葉で話してみようと思った。


バイト以外に人と待ち合わせの約束をしたのが、しばらくぶりである。


僕は、それからあとは、映画の猟奇的なシーンをすっかり忘れている。


水曜の昼間寝坊しないように、火曜のバイト残業は、ことわろうと考えはじめているのだった。
それをオーナーに話しておかなければいけないから、僕は今日は早めにバイトに向かおうと思う。


夕陽は深く沈み、黒いビルのシルエットの合間に、赤みがかった橙色や、青みの強いピンク、紫がかった雲がはさまり、真ん中にテレビ塔が見える。

そろそろ電飾が点灯する時刻直前に、すっぴんのテレビ塔を見たことを役得に感じた。


まるで大きな烏揚羽が羽を開いたかのような景色。
都会には烏揚羽という蝶は住めないらしいが、夕方の一瞬だけ、この街に舞い降りているのかもしれない。

役得だな、と一人ごとを言いながら……いつもこの時間はイライラしていたことも僕は忘れて、公園を出た。



僕が、何の役だから役得と思うのかには、
僕は、興味をもたないたちである。


posted by 面 at 00:00| Comment(2) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

烏揚羽  第五話 ver.1  浴室

がらんとした、タイル張りの殺風景な浴室。
温度調節がうまくいかないシャワー。
どうしてぼくは、こんな場所にいるのだろう。

ぼくは『それ』を、どうしても洗い落としたかった。
肌が赤くなるほど、ごしごしと擦りつづけても、
『それ』はぼくの身体にまとわりついて離れない。

洗う 洗う 洗う 洗う

「かあさん」
あのとき、ぼくがそう呼びかけると、女は小さな笑みを口元に浮かべた。
正確に言えば、笑みを浮かべたように見えたのだ。
あるいは、そう思いたかっただけなのかもしれない。

女はすぐに無表情に戻ると、ぼくから顔をそむけ、歩きだした。
当然のように、ぼくは女の後をついて行く。
当然のように。

しばらくして、女はさえない外観の建物の前で立ち止まった。
入り口の横に立てられた看板の文字を見て、
ぼくは、その建物がラブホテルであることを悟った。
まるで廃屋のような雰囲気。
ラブホテルというよりは、連れ込み宿と呼びたい風情だ。

女は振り返ってぼくを見るや、ゆっくりとした足取りで中へ入っていった。
入り口に吸い込まれるように、ぼくは後を追った。

洗う 洗う 洗う 洗う

女の身体は白く、細く、美しかった。

いや。

美しくなどない。
一見完璧なバランスを保っているかに見えるその裸体は、どこか不恰好だった。
具体的にどこががアンバランスなのか、不恰好なのかはわからない。
が、その不恰好さは、何かをぼくに思い起こさせた。

母親の裸体。

母親の裸体のように不恰好な裸体。
それは奇妙に、静かに、ぼくを欲情させた。

洗う 洗う 洗う 洗う

何時間も続いたかのように感じられた交わりは、
いま思えば、30分にも満たなかったのかもしれない。
苦悶と快楽に支配された時間。
あれ以上続いていたら、ぼくは、壊れてしまっただろう。

女は無言のまま果てた。
その瞬間、無表情の顔がほんの少しだけ歪んだ。
ぼくもそれを見て、胸の奥から深い息を吐き出し、果てた。
射精したわけではないのに、果てた、と感じたのだ。

隣りに横たわる女の白い背中を見ながら、ぼくは立ち上がり、
浴室へ歩いていった。
下腹部から腿にかけてべっとりとついた女の体液を、
洗い落とそうと思ったのだ。

汚らわしいと感じたわけではない。
体液なんて、シャワーを浴びれば洗い流せるだろう。
でも、『それ』は、ぼくの体内に入り込もうとしていた。
ぼくを、蝕もうとしている。
止めなければ。

洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う 洗う

もう手遅れらしい。
『それ』はすでにぼくの体内に入り込み、蝕みはじめていた。

いや、違う。
『それ』はぼくの体内に潜んだ何かを目覚めさせ、
その何かが、蠢きはじめているのだ。

蛇だ。

     ★★★

浴室を出ると、女は消えていた。
ぼくは驚かない。女がもういないことは分かっていた。

ぼくはホテルを出へ、自分のアパートへと歩きだした。
その場所からだと、少なくとも1時間はかかるだろう。
ふだんなら歩く距離ではない。電車もバスもまだ走っている時間だ。
だが、どうしても電車に乗る気にはなれなかった。

動きを止め、身体の中で蠢くそれと向き合うのが怖かった。
歩くことで気を紛らそうとしたのだ。
そんなことは意味がないと知っていながら。

     ★★★

深夜、ようやく自宅のアパートへとたどり着いた。
鍵を開け、中に入る。ただいま。
一人暮らしの部屋だ。誰もいるわけがない。

はっと息を呑む。
右手にバスとトイレ、左手に居室があるのだが、
部屋へと続くドアがほんの少しだけ開き、中から光が洩れているのだ。
実家の家族にすらアパートの鍵は渡していない。
誰もここに入ってくるはずがないのだ。

身体が震えだす。心臓が早鐘を打つ。
逃げなければ。

何故だろう、そんな思いに反して、足はドアへと向かい、
震える手はドアノブをつかむ。
何をしてるんだ! 逃げろ、逃げるんだ!
ぼくの意思とは無関係に、右手は思いきりドアを引いた。

誰かがぼくのベッドに腰かけている。

…………

青白い顔の北沢がぼくをみつめていた。


     》》》 第六話へ


////////////////////////////////////////////////////

先週の月曜日から唐突に始まったリレー小説。

原稿を添付したメールのやりとりに行き違いがあり、
第五話の更新が遅れてしまいました。

その間に、
しびれをきらした(?)別のメンバーから、
「解がたくさんあってもいいと思うので」、とのことで、
同じく第五話の原稿が届きました。

管理人Aこと、わたくし堀の不手際から生じたことではありますが、
ケガの功名というべきか、
二人の書いたストーリーは、ものの見事に違っていて、
これもまた収穫だなあ、と思う次第です。
(開き直ってすみません。。。)

明日は二人目の方による第五話を、 ver.2 としてアップしたいと思います。



posted by 面 at 10:45| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

烏揚羽  第四話  夕暮れ

空を見上げる。
いつもの空だ、昔と何も変わっていない、と思うと安心する。
秋の風が心地よい。

大学の講義には出る気にならず、公園のベンチに座って、さっき観た映画のラストシーンを思い返していた。
殺人鬼の正体は主人公の友人の母親だった。そんなことまったく思いも寄らなかった。

……いや、本当はなんとなく気づいていたのかもしれない。

スクリーンを見つめているあいだ、頭の片隅にはずっとあの女がいたからだ。
というよりも、しばらく前からあの女で頭はいっぱいだった。
このあいだの若いお客様。あの無口な「お嬢様」。
もちろん、母親、なんていう年じゃない。母親だなんてありえない。

それでも、あの女は母親だ。そう直観した。

「だって、あの母親、怪しすぎるから」
「いかにも、犯人ですよっ、ていうのは犯人じゃないというのが定石よ」
「まあ、そうなのだけれど。それでも、ね」

誰かの声が耳に入ってくる。
それでも、母親なのだ、あの女は。

でも、いったい誰の母親だ?
誰を産んだというのだ?

「だって、あの監督の映画、いつも母親が犯人じゃない?」
「だから、今度も、って思ったの?」
「今度も、また母親が……」

流れる雲が太陽を隠し始めた。

母親がナイフを手に女を追う。女は逃げる。そして転ぶ。声も出ない。女は立ち上がって逃げる。母親は笑う。再び女が転ぶ。母親は追いつき、女を刺す。女は叫ぶ。母親は刺す。女は叫ぶ。母親は刺す。

何度も何度も刺し続ける。

そして雲が血の色に染まる。
辺り一面に広がる深紅。
いつの間にか夕方になっていた。バイトに行く時間だ。
ベンチから立ち上がると小さく伸びをする。

目の前にいた。

そこに、あの女がいた。
あの「お嬢様」が。
まるで僕の頭の中から突然に抜け出してきたかのように。

いつからいたのだろう。こちらを見つめるその瞳は赤く光っている。
隠された欲望の光だ。
やはり、この女が犯人なのだろうか。
でも、何の? いったい何をやったというのだ?
僕は何を考えている?

それでも、それでも。
震えながら僕は口を開いた。

「かあさん」

そう呼びかけると、女は小さな笑みを浮かべた。


     》》》 第五話 ver.1
     》》》 第五話 ver.2


posted by 面 at 20:27| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

烏揚羽  第三話  色のない部屋

聞き慣れない銘柄の煙草だった。
口の端にくわえると、ほのかに、蛇の匂いがした。
蛇の匂いなど、もちろん、嗅いだことはなかったが、
身体の中で疼いた何かを、僕は即座に「蛇だ」と決めた。

いや、あるいはこの疼きは、身体の外側の、どこか遠いところでの、出来事だったのかもしれない。
失ったはずの身体の一部が、ときに、痛痒を覚えることがあるという。
そんな感覚に近いものだったのかもしれない。

     ★★★

女は若かった。 ここの客にしては若いというだけではない。
実際に「お嬢様」と呼ぶことができそうな年齢だろうか。

「部品の少ない女だな」と、僕はまず、そう思った。

ここにくる女たちは、たいてい、部品の数がやたらと多い。
顔をつくり込み、アクセサリーを過剰にまとい、ときには声色や口調や仕草まででっちあげる。
そうやって部品を組み合わせることで、ようやく、夜の入り口に立つのだろう。

だから、目の前にあらわれた女に、僕は面食らった。

マスカラもアイラインもなく、かろうじて細い眉を描いているだけの目元は、
簡素というよりはむしろ、「ぶっきらぼう」という表現の方が似合う。
アクセサリーもなし。 取り澄ました笑顔もなし。
ノースリーブのニットドレスから突き出した生身の腕の方が、かえって装飾品のように見えた。
「なんか調子が狂うな」と、最初から、そう思った。

『お目見え、ありがたき幸せです、お嬢様。 お変わりは、ございませんか』

やっとのことで僕は、跪き、言い慣れた科白を述べ立てる。
そう、こいつは、あくまでも、客だ。
サービスをする。 対価をもらう。 この上なく簡単な儀式だ。

女は、しかし、まだ沈黙している。

『お飲み物はいかがいたしましょう、お嬢様』

これも、いつもの科白。 従僕のマニュアル通り。
だが、「お嬢様」のお答えはない。
分厚いカーテンを閉ざしたままの窓の方を向き、押し黙っている。
表情というものがない。

『よろしければ、カーテンをお開けいたしましょうか』

声のトーンを、若干、上げてみる。
しかし、応答は得られない。
耳が遠いのか。
それとも、そういう自己演出なのか。
やってられねェな。

『ここからの眺めをご覧になったことはございますか』

立ち上がってカーテンに手をかけ、もう一度、女の様子を窺う。
女は首を横に振る。

『では、ご覧にいれましょう、お嬢様』

カーテンをゆっくりと引き開ける。
このあたりでは高層の部類に入るビルである。
眼下に広がる無数の光が、ほのぐらい室内に入り込み、女の腕だけがさらに白く浮かび上がる。
夜はすでに深い。
街の雑踏は、夜の深度にまみれて、なんだかひどく遠い。

『お嬢様、この窓からは・・・』

さらに言葉を継ごうとすると、不意に、女が手をかざして制する。
これ以上、話を続けるな、ということか。

しゃべり続ける女の相手は、もちろん、苦痛でしかない。
恭しい態度を繕い、相槌を打ち、うなずき、宥め、持ち上げ、最後には笑顔をつくってみせる。
あるいは北沢の言い回しを借りれば、女に「へつらい」、女を「あやす」ことになるのか。
だが、その苦痛の対価として報酬を得ているのだと割り切れば、自分の行為に対して一定の説明がつけられる。

ところが、今夜の女は、言葉をまったく受け付けない。
対価もへったくれも、あったもんじゃない。

どれくらいの時間か。僕は動くことができない。

     ★★★

壁掛け時計が鳴る。
女は、知らぬ間に、煙草を取り出している。
灰皿を差し出そうとして、僕は、あわてて数歩、歩み寄る。

と、女がもう一本、煙草を差し出す。
はじめて、僕の顔を見て。
煙草など、何年も前にやめていた。不愉快な苦味があるだけだ。
なのに僕は、その一本を、受け取っている。
わずかであれ、コミュニケーションが成立したことに、安心しているのか。

アリガタクチョウダイイタシマス、オジョウサマ。

けれどもたったそれだけの言葉が、喉元にはりつき、うまく出てこない。

     ★★★

どこかで蛇が這っている。
かわいた、鉛色の蛇だ。
気がつけばこの部屋には、他に、色らしい色がない。
女はまだ、一言も、発していない。


       》》》 第四話へ

posted by 面 at 00:00| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

烏揚羽  第二話  龍の背中

「おお、山下。また午前の統計学、休んだろ。オマエ、さすがにやばくない?」

教室に入るなり、やかましく声をかけてきたのは、
北沢だ。

誰とも口を利きたくない気分だってのに、顔も声もでかいんだよ、お前は。  

「あれか、昨日も例のバイトか?」

せめてもう少し、離れて話してくれないものか。

「オマエさ、もう二年も終わりで、就活始めてる奴もいるのにさ、
ほんと、そのままホストになっちゃうんじゃねえの。」

よくもまあ、飽きもせずに、会うたび同じ話をするものだ。

ホストじゃねえし、と言いかけて、
それも先週の話の繰り返しだと気づく。

《当館が提供するのは、あくまでも上質の英国的おもてなしであり、
私ども執事、フットマン一同、お嬢様のご帰宅を心より》、云々。
それがあの店の謳い文句だ。

まあ、要は何年か前にちょっとしたブームになった「執事喫茶」のパクリだ。

それでも、従業員の制服はもちろん、
調度品や紅茶、料理にいたるまで、
それなりに「英国風」を気取ったあの店で「従僕」(フットマン)になりきってみせるのは、
最初は悪い気分じゃなかった。

だけど先月、料理人の須藤さんがやめてからというもの、
店のイメージはあちこちで、ほころび始めた。

「英国風」なのはネーミングだけの、いい加減な料理。

減り始めた客足に焦ったのだろう、
オーナーは今月から「VIPコース」と称して、
常連客がお気に入りの執事やフットマンを指名できるシステムにした。

オーナーはもともと、というか、いまもホストクラブの経営者でもある。
昨日の夜は、
系列店のホストらしい、見てくれのいい男が「ヘルプ」の執事として派遣されていた。

テンポのいい会話で中年の「お嬢様」をキャッキャッと笑わせている。
その様子に気圧されている僕の気持ちをみすかしたように、
オーナーが言う。

「ああいうふうに、色がついちゃってるのは駄目なんだよ。
馬鹿騒ぎはこの店の雰囲気じゃないしね。
その点、君はいいよ。 お客の色を受け入れる素直さがあるもの。 
本当に、この仕事に向いてるよ。」

そういうオーナーは、
須藤さんの後を追うように店をやめた「執事」の一人によれば、
「ガチでやくざもん」らしい。

「ジェントルマンどころか、背中に龍しょってんだもん。」

もう潮時かもしれない。

このままじゃマジで、北沢の言うホストどころか、
もっとやばいところにはまり込むかも知れない。


そんなことを考えているうちに、
気づけば授業は始まっている。

「科学哲学概論」、か。
科学か哲学か、はっきりしてくれよ。
答えがあるのか、ないのかも。

「なあ、この授業、ダルくね? 学食いこうぜ」と北沢。

授業もダルいが、お前と話すのはもっとダルいよ、
と言いたいのをこらえて、
「いいわ。俺、ちょっとここで寝るから」と答える。

それにしても、何だってこんなにボーダイな時間を、
人の話ばっかり聞いてなきゃいけないんだろ。

あの店にやってくる女たちも、この教授も、
それから北沢なんかも、
よくもまあ、そんなにしゃべりたいことがあるもんだよな。

それとも、ほんとにしゃべりたいことなんて何もなくて、
だからしゃべり続けるのか?

よくわからない。

すべてがめんどうだ。

瞼が重くなる。

起きたらいきなり十年後、とか、そんなんあればいいのに。


     》》》 第三話へ

posted by 面 at 01:23| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

烏揚羽  第一話  ダルい夜

また、ダルい夜がやってきた。

ダルいのは行きたくないからだ。
何て面倒なのだろう、どうでもいい女を喜ばせるのは。

僕は、遊ぶ金が欲しいだけで、このバイトを始めたのだ、
もう、二ヶ月たっているがオーナーがいうには、

僕は、『向いている』らしかった。

あそこでは、いつも女のスカートだとか足元にさわってしゃがむことに、はじまる。
『お目見え、ありがたき幸せです、お嬢様』

こんなみえすいた商売ゼリフで、女は、喜んで、沢山金を渡すのだから……
ちゃんちゃらおかしい。

変なレースの飾りのついた暑苦しいワンピースに
ピンクの靴。
むせかえるような重いたぐいのトワレ。
つけすぎなんだよ。
ついでに言えば、無理矢理太くしすぎて目尻から離れたアイライン、
左右ずれた付けまつげ、
ガタイのわりにちんちくりんな、プチネックレスが肥満した首に埋まっている。

誰も、『可愛い』と思うわけが、ないじゃないか。

しかし誰にも『可愛い』と言われない女だから通うのだろうか。

多分、ただ
『可愛いね』
という(心にもない)一言を聞くためにね。

ちょっと、
『心あるいいやつ』風な友達は、
僕に、
『染まらないうちにやめろ』
など言ってきたこともある。

染まる、染まらないで考えるのは、心に自分の原型、自分のカラーがあるやつのやりかたじゃないのか。
僕は、あまり、自分のカラーなんて知らないのだし、別に、特に知りたいとも思わない。

二ヶ月のあいだで、僕の出勤日は週四日から月20日に変わった。

僕は、あそこにくる女は、演出された『体裁と様式』に酔うのだ、と思っている。
心をこめていうのなら、僕は指摘するだろう、
ひとつひとつゆっくりと。

例えば『それは可愛くないよ』と言うようなこと。

しかし、向こうに求められていない会話はすべて、金にならないことくらい、僕はわかっていた。
僕は、稼ぐためにこのバイトをしているのであって……。

求められる様式、体裁に従うことは、心通りの言葉よりも、
むしろ価値が認められ感謝されるものなのだと。
うっすらそのことを、把握してからというもの。
僕は、人気役者のように連日、あそこに呼ばれ始めた。

つまりたぶん、思っていないことを言うほどやるほどに、『金になる』のだが、月20日ともなるとね。
稼いだ金で遊ぶ時間がなくなったせいか、僕は、イライラしはじめている。

イライラしはじめている僕は、最近いつも、夕方からダルくなるのだった。

この最もイライラする夕方よりも、
さらにダルイ、
むせかえるような香りのトグロに巻き付かれるような長い夜が、
今日も、やってくる。


     》》》 第二話へ


posted by 面 at 00:04| Comment(2) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。