2009年12月28日

善い魔女――ホレおばさんと銭婆

立て続けの登場にて失礼します、
管理人の堀です。

先週書いたことの関連で、わりと最近、気が付いたことをひとつ。

     ★★★

「善い魔女」が登場する物語の例として挙げられるものに、
グリム童話の「ホレおばさん」があります。

井戸から落としてしまった糸巻きをとりに、
その中へと飛び込み、地下の世界にたどりつく娘。

そこで出会うおばあさんは、
その一見恐ろしげな風貌とは裏腹に、
まじめに仕事を手伝ってくれる娘を暖かく迎え入れ、
最後は黄金という褒美まで与えて地上へと返しています。

もっとも、善い魔女と言っても、その性格は両義的。

主人公の娘の帰還後に、継母が黄金目当てに送り出した別の娘に対しては、
まじめに仕事をしなかったということで、
一生取れることのない汚れという、かなり強烈な罰を与えています。

先週紹介した本でも論じられているように、
魔女(とまとめられるに至る、諸々の不思議な力を持つ女性)は、
もともと善悪あわせもつ存在だったと考えられています。

それが、キリスト教的な選別倫理の浸透を通して、
純粋に善なる聖母のような存在と、
まったき悪のかたまりのような「悪い魔女」へと両極化した、というわけです。

     ★★★

で、さいきん気が付いたことというのは、
このホレおばさん、
宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」に登場する銭婆と実に共通点が多いということ。

西洋の魔女の原型になっているもの(かなり多様)の筆頭に挙げられるのは、
地母神や太母と総称される各地の女神ですが、
これらは総じて、
豊饒神としての側面と、
冥界の女王としての側面をあわせもっています。

大地が生命のゆりかごであると同時に、
墓場――「土に帰る」場所――でもあることからすれば、
この両面性は、不思議なことではありません。

ホレおばさんと銭婆は、
どちらも冥界の女主人という側面が非常に濃厚だと思います。

ホレおばさんの主人公は井戸に落ちて奇跡的に生還し、
他方、「千と千尋」の千尋は、かつて川に落ちて奇跡的に助かったことを思い出しています(しかも、銭婆の家を訪ねた直後に!)。

また、
ホレおばさんの主人公は糸紡ぎの途中で糸を落とし、地下の世界へと誘われますが、
他方、千尋が冥界らしき場所で出会った銭婆もまた糸を紡いでおり、
その糸で編んだ髪留めを千尋に贈っています。

「運命の女神の紡ぎ車」という言葉で親しまれるイタリアの女神、
フォルトゥーナに代表されるように、
糸紡ぎという作業(および、紡がれた糸)は、ヨーロッパではしばしば運命のゆくえと関係づけられてきたようです。

思えば、いずれの物語の主人公も、
運命の歯車が少し違った方向に回っていればこの世に戻って来れなかったわけで、
どちらも極めてきわどい場所を旅してきたと言えそうです。

     ★★★

この共通性はおそらく、
宮崎監督にとってはアタリマエというか、十分に意識化されているものでしょう。
(ホレおばさんの模倣、などというケチな話ではなく、
日本人もまた童話を通して親しんできた西洋の神話の祖型をなぞる、という意味で)

「千と千尋」については、
日本的なアニミズムとの関係や、
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」との類縁性を指摘する人が多いのですが、
このあたりを考えると、
さらに多様な要素をはらんでいるようで、
改めて面白い作品だと思います。

    by 堀マサヒコ

     ★★★

今年の更新は、これが最後となります。
みなさま、どうぞ良い年をお迎えください。

posted by 面 at 00:55| Comment(0) | シナプス接続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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