2009年11月30日

ノベルティのデザイン

          thoma.jpg

コンビニでやおら目にするのが飲料水などについている“ノベルティ”だ。
キャラクターを模したフィギュアから実用性のあるグッズまでさまざまな“ノベルティ”がその商品以上に魅力的なオーラをかもし出しながら鎮座している。
“ノベル茶(ティー)”というお茶のノベルティがあってもおかしくない。
いや、おかしいだろう。

…かくゆう僕もアイデアソースとして購入したり、webなんかだと個人でも割と安価で作れるノベルティも多いのでサイトで「あーコレでアレを作ったら面白そうだなぁ」とかぼんやり眺めることも多い。

こういうノベルティ、別に昨今に始まったことじゃなくて昔から存在してた。

コーンフレークに封入されてるとか、あ、有名なウェハース状のチョコにもシールが入ってたり。
あれもノベルティっちゃノベルティですよねぇ。

そう考えてくと、それこそ大昔から存在してたのかもしれない。
枕草子にはなぜか“よりぬき万葉集”がついてたんじゃないかとか。
生類憐みの令には“家庭菜園用の種”がついてたんじゃないかとか。
いや、おかしいだろう(しかも法令だし)。

いずれにしろノベルティはノベルティ然としていなければならない。
主役よりも主張しているようなノベルティはやはり目につき、その商品価値を疑ってしまいかねない。
やはり常にその商品価値を助長する佇まいだったり、商品特徴をさりげなく表現した、まさに“縁の下”の存在のノベルティが心地よい。 
つまりノベルティがペナルティにならないように、と書きたかったんである。
いや、おかしいだろう。

(冒頭の写真も某英国の機関車キャラのノベルティ。 興味ないのについつい集めたくなる&踊らされる)

追記:
手前ミソですが、東西線・大通駅〜バスセンター前駅コンコースでの展示が本日30日までです! 
詳しくは自分のブログの記事で↓。 
まだ見てない方は今すぐゴー!
http://thebackyard.blog21.fc2.com/blog-date-20091113.html

さっぽろアートステージ「500m美術館'09」
日時:11月30日(月)まで
場所:地下鉄東西線「大通駅 - バスセンター前駅」コンコース

   written by kikuch
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2009年11月29日

500m美術館。明日まで!!

こんにちは。 管理人Aです。

明日アップする予定の kikuch さんのエッセイに、現在開催中のさっぽろアートステージの情報が添えられています。

このイベント自体は12月5日まで行われていますが、

kikuch さんも参加している「500m美術館'09」

の会期は・・・おっと明日(!!)まで。

詳しくは、 kikuch さんのブログをご覧ください。

レッツゴーでございまするよ。


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2009年11月23日

Non ci resta che piangere

翻訳業をやっております、こにりょ、です。
この前「Non ci resta che piangere」(1984年)というイタリアのコメディ映画をDVDで観ました(タイトルは訳すと「後はもう泣くしかない」)。マッシモ・トロイージとロベルト・ベニーニの二人の主演・脚本・監督作です。日本未公開だけれど、イタリアでは知らぬもののいないほどの大人気映画だそうです。

non_ci_resta.JPG

現代の二人の男が15世紀のイタリアのフィレンツェにタイムスリップしてドタバタしつつ、成り行きでコロンブスの出航を邪魔することに……と、まあストーリーは一応あるのですが、基本は行き当たりばったりの展開で、二人で漫才のような会話をしながら、延々とコントが続けられるといった感じの、力の抜けた妙に可笑しい映画でした。

怪しいスペイン女兵士に命を狙われ、スペイン人のふりをしようといい加減なスペイン語しゃべってなんとか難を逃れようとするシーンや、サヴォナローラに手紙を書こうと二人で試行錯誤するうちに妙に大げさであまりにも仰々しい文面になるシーンや、はたまた、レオナルド・ダ・ヴィンチに発明品のネタを提供して金儲けできたら山分けしようと持ちかけていろいろ説明しようとするがなかなか話が通じないシーンなど、言葉による誤解や意味のズレが可笑しいコントが妙に印象に残りました。

主演二人がそれぞれコテコテのナポリ方言とフィレンツェ方言(たぶん)をしゃべっている、それだけでもイタリア人にとっては、えもいわれぬ可笑しさがあるそうです。そういえば昔観た『ダウン・バイ・ロー』でのベニーニもそんな言葉のズレに関わる可笑しさをまとっていたな、とふと思い出しました。

イタリアの方言はなかなか聞き取れませんし、聞き取れてもよく意味が分からないでしょう、きっと。で、標準イタリア語字幕が頼りだったわけなのですが、ずっと歯がゆさを感じていました。ああ、話している言葉をそのまま理解できれば、もっと面白いのだろうな、と。字幕をみて「なぜ可笑しいのか」は理解はできるのだけど、それは〈可笑しい理由を理解した〉のであって、〈可笑しかった〉のとはやはりズレがあるのですね。

仮に日本で邦盤DVDを出すのなら(可能性は低いでしょうが)、ぜひ思いっきり方言と意訳だらけの吹き替えをつけてほしいです。

先日、電車に乗っていたときに、妙に懐かしい言葉が聞こえてくると思ったら、修学旅行でこっちにやってきた故郷の高校生が乗り合わせていました。聞こえてくるその方言会話を耳にしているうちに、なんだか〈今ここ〉が、〈今ここ〉じゃないような気がして、不思議な気がしました。電車の窓から冬の街を眺めながらも、意識だけが故郷に戻ったような、時空からズレ落ちてしまったような、そんな感覚でした。タイムスリップってこんな感じなのかなと、ふとそんなことを思ってしまいました、……となんだかとりとめのない話になってしまいました。
posted by こにりょ at 00:31| Comment(2) | お薦め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

今さらながら、「屋根の上のバイオリン弾き」を。

森繁久彌氏の訃報に触れ、

そういえばいまだに「屋根の上のバイオリン弾き」を見ていない
(あらすじや設定すら、よくわかってない)ということに思い当たりました。

で、映画化された1971年の作品を、DVDにて鑑賞したわけですが、
これはすごい。

今さら私が誉めるまでもないし、
この作品に描かれた社会状況やユダヤの文化的伝統について、
すでにネット上で見ることのできる情報を越えた知識を提供できるわけでも全くないのですが(ユダヤ関係については、ちょっと検索すると、たいへんな量の情報が…)、
これは本当に、見るべき価値のある作品だと思いました。

全体としては、
予想していたよりも遥かに雰囲気は明るく。

自らの重んじる「伝統」に反する娘たちの決断に激しく怒りながらも、
決してその頬を打ったりせず、
結局は斜め上方の神様(もちろん、その姿はない)に向かって苦笑いしつつ、
娘たちのしたいようにさせる父親、テヴィエ。

          fiddler-on-the-roof-800-75.jpg

守るが支配せず、
口やかましいが裁きはしない。

ユダヤ教、およびユダヤ文化と深く結びついていると思われる、こういう父親像(※下方にて補足)を、
森繁さんをはじめとする日本人俳優がどのように演じているのか、
観てみたいと(ごめんなさい、はじめて)思いました。

また、ユダヤ人の歴史につきまとう「ディアスポラ」(離散)、という概念について、
これまでどちらかと言えば客観的な記述を通して知っていたのとは別の方向から、
その意味の一端を垣間見ることができました。

終盤近く、まさに「離散」していくその場面。

ほとんど涙や嗚咽などなく、
深い諦念と、わずかだが確かな希望を胸に、
静かにそれぞれの道へと進んでいく人々の姿には、
かえって胸に迫るものがあります。

     ★★★

この作品の舞台となっているのは帝政ロシア下のウクライナ地方の小さな村、アナテフカ。

最終的に、テヴィエたちはここからアメリカへと向かうわけですが、

他方、映画「僕の大事なコレクション」(2005年)の主人公、
ユダヤ系アメリカ人青年のジョナサンは、
ちょうどテヴィエたちのたどった道を逆に歩むように、
祖父の足跡をたどり、ウクライナへの旅に出ています。

こちらは釈徹宗氏が『宗教聖典を乱読する』の中で、
「屋根の上の…」とあわせて推薦していたことで知った作品ですが、
これもたいへん素晴らしい内容です(「僕の…」という邦題は、甘ったるくていささか的が外れていると思いますが)。

     by 堀マサヒコ

※ ユダヤ教の神=「裁きの神」という観念は、「愛の神」を強調するキリスト教的なメガネでゆがめられた、というか、狭められたものでしょう(もちろん、多くのキリスト教徒はいまや、そのような貧弱なユダヤ教観を脱していると思いますが、中学・高校の教科書にはいまだ、そのような見方が生きています)。
確かに、神が裁く、という考え方はユダヤ教に(のみならずキリスト教やイスラームにも)ありますが、その裏側には常に、人が裁くのではない、という考え方があるように思います。

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2009年11月09日

リレーを終えて。

管理人Aです。

三週にわたって連載した「烏揚羽」


私自身、書き手に紛れ込ませていただきましたが、
読み物としての完成度とかはまあ、問わないとして(笑)、
個人的に、人間の脳って面白いな、と思いました。
同じ素材から、こんなにバラバラのことを考えつくなんて。

そこで、他の方にも感想をお聞きしたところ、
第1話、および第4話をそれぞれ担当した方から、
以下のような「あとがき」コメントをいただきました。

全文転載させていただきます。

//////////////////////////////

―― 架空の人物設定をするときに、なるべく日常から離れた世界の人物像にしようと思って誕生したのが第一話です。
メンバーの誰かがよく知っている世界には先入観がでてしまうので、知らない世界にしてみました。
どう扱うかはみなさん次第という余地を残して、
主人公のその後をみなさんにゆだねました。

後から思うのはバトンリレーのランナーは、バトンを待つ人が次の地点にいるから、バトンをもって走れるんじゃないでしょうか。

バトンを持たないで走るのと持って走るのとではどう違うのかを、バトンリレーの一員として参加させていただき経験できたことに感謝しています。
そして参加者の皆様、ランナーが走るグラウンドを提供してくださった管理人様に改めてお礼もうしあげます。

ありがとうございました。(第1話担当)

//////////////////////////////

―― リレー小説ははじめてでしたが、
書き手兼読み手として、どんな風に話を展開させようか、とか、
自分の後はどんな風に展開されるのか、といろいろと楽しめました。
私はと言えば、ともかくワンアイデアで、ノリと勢いのまま一息で書き上げました。
で、「あとはお任せ!」と、気楽なところ(責任逃れ可能なところ?)もよかったです。 (第4話担当)

//////////////////////////////

以上です。

来週からはまた、思い思いの内容での、
のんびりペースのリレー・エッセイに戻りますが、
たまにはこういう実験もやってみなくちゃ、と思いました。

辛抱強く読んでくださった皆様、
および、感想をお寄せ下さった方々、
さらにはオマージュ・エッセイをお寄せくださった方、
ありがとうございました。


posted by 面 at 23:57| Comment(0) | リレー小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

夜にさよなら ( 烏揚羽へのオマージュ )

今回のリレー小説を読んでくださっていた方から、烏揚羽へのオマージュとして一篇のショートストーリーをお寄せいただきました。
思いがけない反応で、こういう波及の仕方もあるんだなあと、
うれしく思いました。
以下にて、全編を掲載させていただきます。 





/////////// 夜にさよなら //////////////


― 私は泣いていた ―

 誰もがうらやむような高級レストラン。 広い店内で一人で泣いている私は、まるで世界に、置いていかれたようだった。


『お目見えありがとうございますお嬢様★』

歓楽街の喧騒を抜け、静かに階段を降りていく。 二人の男により、重厚なトビラがあけられると、何人もの美形の男が、整然と並び私を迎えた。

ドアが閉まると喧騒は追い出され、外の世界を隔絶するように、ムーディーなジャズが流れた。

私は男に荷物を預け、ゆっくりと奥に向かい歩いた。 ふわふわとした絨毯は、粘土の上を歩いているような、奇妙な違和感を感じる。


うす暗く演出された照明の中、通路を歩いていると、甘ったるくどろどろに溶けた香水が、私の嗅覚を奪う。 甘く。 さわやかに。 妖艶に。 スパイシーに。 フルーティーに。 それぞれの個性は、混ざり合い、ただの毒へと姿を変えていた。

一番奥のVIPルームに私は通された。 ソファーにすわると、ゆっくりと体が沈みこんでいった。
瞬間。

私は、とてつもない虚しさを覚えた。 ソファーに沈むその瞬間、私はこの世が終わってしまったような錯覚に陥る。

目の前に男が跪く。

『お目見え、ありがとうございますお嬢様★』

決まりきったセリフ。 私には『いらっしゃいませ、こんばんわ〜★』に聞こえるのだ。

「何かお飲みになりますか?」

「いつもの」

「かしこまりました」

しばらくして、男が飲み物をもってきた。 渡された冷えたグラスを持ち、静かに喉に流し込む。

 ー甘いー

全てがくだらく思えた。 現実の私は男を眺め、私の意識はソファーの中に沈み込んでいった…。

……

働いた。


働いて働いて働いた。

某一流企業に就職した私は、胸や尻を触られ、ホテルに連れこまれそうになっても、負けなかった。

見下した男は踏み潰し、嫉妬する上司は、へつらった笑いに変えて地をなめさせた。 いつしか男に対する偏見だけが残った。

 金はあった。 権力もあった。 何でもあった。 しかし、私には何にもなかった。

青春をビジネスに捧げた私に、友達は一人もいなくて、若くして両親を亡くした私には、家族すらいなかった。

寂しかった。 人のぬくもりが欲しかった。

いつしか私は、ホスト遊びに狂った。
……

『オラオラ飲めバカやろ〜!』

汚いヤジにうながされ、男が酒を飲む。 誰のヤジ? 私のヤジ。

顔が真っ赤に染まった男が、限界を越えて酒を吐き出す。
「何してんだバカやろー!一本60万だぞー!!」

私は男の足を蹴り上げた。

「す…すいましぇん」

ろれつの回らない舌で、男が喋る。 顔は整っているのだが、そこに美形はいなかった。

「もったいないから、こぼした酒も飲めよ!」頭から酒を浴びせられた男は、私に地をなめさせられた。

(私は何か手に入れただろうか)

………

「オマエの心は俺のもの。 俺の心は俺のもの。 夜のジャイアン、京太です★」と自己紹介した男は、数時間後、裸で私の足元に跪いていた。
 さんざん威張っていた男は、私に一晩500万で買われた。明日はお店の締め日で、京太はどうしてもNO.1になりたかったらしい。
「頭下げて」

「…。はい」

 命令されて、頭を下げる京太。 私は跪く京太の頭を両足ではさんだ。すぐに京太の顔に温かい液体が降り注いだ。 京太の体が屈辱で震える。

「もったいないから飲んで」

 そのセリフを言った瞬間、私は最高の絶頂と絶望を手に入れた。

イケメンと言われる男達が最上級のサービスをしてくれる煌びやかな世界。 心が飢えていた私は、そこにオアシスを求めた。 しかし、そこに私の求めていたものはなかった。 結局は金。 通えば通うほど、私の心は荒れた。

 それから私の趣味は、ホストいじめになった。

………

「聖夜はいないの?」

「え?」

ひさびさにコミュニケーションがとれて嬉しそうにした男は、すぐに顔を曇らせた。

「すいません…。 聖夜はもう…」

「そう…だよね」

私はまた、酒を口に運んだ。 今度は味がしなかった。

………


『お目見え、ありがたき幸せですお嬢様★』

何件目かの出禁をくらった私は、新しく入った店で、その男に出会った。 名前は聖夜と言った。

なれないセリフ。 きっと聖夜という名前も、誰かにつけられたのだ。しかし、聖夜の言葉には熱があった。

「何かお飲みになりますか?」

「…。」

私を見つめる、まっすぐな瞳。

「お嬢様?」

温かい声。

「お嬢様!」

「…っ!。な…何でもいいわよ。 アナタの好きなものを頼みなさい」

気づくと私は、目の前の男に、意識を奪われていた。

「なんでもって、本当に何でもいいんですか?」

「いいって言ってるでしょ。」

「じゃあ、これ頼んでいいですか。 俺、これ好きなんですよね」

といって聖夜が頼んだのは、メニューの隅っこにあったカルーアミルク。 私は数年ぶり、いや人生で初めてくらい、腹の底から笑った。

聖夜はけして、美形とはいえない。 ヤンチャな少年のような顔をした聖夜には、田舎臭さすら残っている。 似合わないスーツに浮ついた言葉。 しかし、聖夜には夜の後ろめたさがなかった。

ここにいる人間は、客も含め、何か暗い情熱に包まれている。 そこに金と性が関わっているからだと思う。

聖夜にはそれが全くない。 異常な世界の中で、聖夜の周りだけ、光が灯っていた。 聖夜と話す人間は、自分が正常になったような錯覚に陥る。 そして聖夜は、心から客を大切に扱い、愛していた。

私は聖夜を可愛がった。 一晩で800万使った事もある。 まるでなくした何かを聖夜が全て埋めてくれるようだった。

(私の力で、聖夜をNO.1にする!)

 しかし、聖夜を必要としているのは私だけじゃなかった。 まるで、夜の街灯に群がる蛾のように、女達は聖夜を欲っした。

やがて聖夜は、圧倒的なNO.1になった。 私の指名がなくても、聖夜には常に客がついた。

「あなたがいなくても大丈夫」

そう言われてるような気がした。

 満席の店内で聖夜を待っている間、聖夜と女の笑い声がするたびに私はイライラした。

気をひくために、わざと帰った事もある。 本当に申し訳なさそうに謝る聖夜を見ると、私の胸は熱くなった。

ある日私は、聖夜を強引に店から連れだした。 オーナーには1000万渡した。 誰にも文句は言わせない。 もう誰にも聖夜は渡したくなかった。

私は貸切にしたホテルのレストランで、聖夜と一緒に食事をした。

「おいしい?」

私は、似合わない、可愛らしい笑顔で笑った。

「あ…おいしいです」

緊張してるのか、聖夜はぎこちなく笑った。 目の前で聖夜を1人じめにしている。 それだけで私は、全てを手に入れたような気になった。
「この後、どっかに行く?」

「どっか…ですか?」

聖夜は、相変わらず緊張している。 私は聖夜をリードする事にした。

「ここ、私が泊まってるホテルなの。 最上階に部屋があるから、疲れたなら一緒に休まない?」

「…お気遣いありがとうございます。」

そのまま沈黙する聖夜。 何か温度差を感じる。

「どうかしたの?」

「いえ…。 店の事が気になって」

「大丈夫よ。オーナーには話をしておいたから。 今夜はずっと一緒にいれるのよ」

「いえ…店というか他のお嬢様の事が」

バンッ!!

私は、テーブルを思いっきり叩いた。 みるみるうちに私の顔色が変わる。

「あなたは私に1000万で買われたのよ! 他の女の事なんか忘れなさい!!!」

ものすごい剣幕で聖夜をにらみつける。 しかし、聖夜はまったく目をそらさなかった。

「…香奈さん…すいません。 俺は全てのお嬢様を宝物だと思ってます。 だから、金のためにお嬢様を裏切ったり、金をもらってお嬢様を抱く事なんか…できないですよ」

「バシャッ!」私は聖夜の顔にワインをかけた。 純粋な気持ちを裏切られた私は、激昂した。

「帰って!」

「香奈さん俺は…」

「帰れ!!」

二人だけの空間に、男のような怒声が響きわたった。

「…大切なお嬢様を傷つけてしまい、本当にすいませんでした。」

「バチッ!」私は力任せに聖夜の頬を叩いた。

「あなたの顔なんて、二度と見たくない!!」

「…俺は…失格ですね。 すいませんでした。失礼します」

 聖夜がでていった。

一人取り残された私は、冷静になり、静かに泣きはじめた。

 拒絶された事が悔しかったんじゃない。 やっと見つけた大切なモノまで、金で買おうとした自分が情けなかったのだ。
それから1ヶ月、私は店に顔をださなかった。

しかし、聖夜の事が頭から離れる事はなく、どうしょうもなくなった私は、再び店に足を運んだ。
聖夜はそこにいなかった。

突然店を辞めたらしく、オーナーも行き先を知らなかった。

私は、さまようように店を渡り歩いた。 が、どこにも聖夜はいなかった。

暗闇の中で灯りを探す。 しかし、ついに聖夜が見つかる事はなかった。 フカフカのソファーは、いつしか死体になった私を受け止める棺桶になった。

「カラン。」空になったグラスの中で、氷が鳴った。 その一杯を最後に、私は店に通うのを辞めた。

……

ある日の事だった。 仕事に忙殺された私は、フラフラになりながら道を歩いていた。

雑踏の中で、向かいから歩いてくる男に、私は目を疑った。

黒くたてた髪に、ビジネススーツ、さわやかな風をまとった精悍な男。容姿はまったく違うが、幼さの残るヤンチャな顔は、明らかに聖夜だった。

突然の事に、私は気が動転した。 嬉しくて今にも抱きつきそうになった。 だけど私はお嬢様じゃないし、聖夜は聖夜じゃない。 それに、店を辞めたのは、きっと私のせい…。

私は顔をそらすように聖夜とすれ違った。 胸が破裂しそうなほどにドキドキと鳴った。

聖夜は私に気づいていない。 完全にすれ違った時に、私は二度と聖夜に会えなくなるという、絶望感に襲われた。

私が振り返ろうとしたその時。

「香奈さん?」

足を止めた聖夜が、私を振り返り声をかけてきた。

まったく関係なくなったはずの私に、聖夜は声をかけてくれた。

私は嬉しくて、涙がでそうになった。 どんなに毎日、聖夜の事を思っていたのか、どんなに一生懸命、聖夜を探していたのか、伝えたくて胸が張り裂けそうになった。 私は聖夜の事が大好きだ。

「〜〜〜!」

…。

振り返った私は、静かに聖夜を見つめた。

「香奈さ…」

「あんた…誰?」

私は冷たく言い放った。 一瞬とまどった顔をする聖夜。

沈黙…。

「…すいません。人違いでした」

沈んだトーンでそういうと、聖夜はまた、自分の道を歩き始めた。 私もまた自分の道を歩き始める。

 姿が変わっても、聖夜は聖夜だった。 それだけで充分だ。
私はお嬢様じゃないし、聖夜は聖夜じゃない。

 あなたが心から大切にしたのはお嬢様。

闇の中で作られた幻想は消えた。 だけど、心の中に残ったものは真実だった。

私は振ったのか、振られたのか?

わからない。だけどあなたのおかげで…。

― 私は笑っていた ―


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2009年11月03日

烏揚羽  第六話 ver.4

     《 第五話 ver.1 から 》

風がドアをかすめる音だと思った。
僕はふりかえらなかった。
電話ボックスの荷台に横座りになり、受話器を耳におしあてたまま、きこえてくるコール音を数え続けていた。

どこにも、つながらないはずの、番号。
ずっと昔に、途絶えてしまったはずの、回線。

青みが差したガラス越し、街は、再び朝へと向かっている。
その街のどこかで鳴っているはずの、見覚えのある電話機を、僕は思い浮かべている。

★★★

どこをどう走ったのか。
逃げなければ。
自分の中の誰かが、そう、命じていた。

北沢という友人から逃げようとしたわけでは、おそらく、ない。
あいつの顔の青白さは、心底、耐えがたかった。
だが、それ以上に耐えがたいものが別にあることを、僕は知っていた。
そして、それが、名指してはいけないものだということも。

どこまで逃げるのか。
あてはなかった。
駅を抜け、歓楽街を抜けた。
けばけばしい文字の羅列がすぐ背後に迫ってくる。
それを振り払うように、僕はただ、闇雲に走った。

闇雲に走るとビル街の谷間にそれはあった。
青白い光がひっそりと浮かんでいた。
電話ボックスだった。

★★★

コール音にまじって、再び、ドアをかすめる音がきこえる。風ではない。
「探シタヨ」、背後で声がした。
ふりむくと、北沢が、青白い顔のまま、口元だけを少しを歪めて立っている。
笑いかけようとしているのだと気付くまでに、数秒、かかる。

「電話ボックスナンテ、マダ、アルンダナ」
北沢の口が動いている。しかしその言葉は、くぐもり、からまって、すぐには意味を結ばない。

「トリアエズ、ドア、開ケロヨ」
北沢がドアをゆする。
二つに折れる電話ボックスのドアは内向きに開く。内側から体重をかけて押えていれば、容易には開かない構造だ。
「マズ、開ケロッテバ」
ドアを叩く北沢の力が少しずつ強くなっていく。

お願いだから、少し、黙っていてくれ。

「オイ、俺ノ方、見ロヨ」

目をやると、ガラス面に奥に、自分の顔が沈殿している。
かさつき、粉をふいた肌。落ち窪んだ目元。
本当に、これが、自分の顔なのだろうか。
それとも、向こう側に立っている、北沢の顔なのだろうか。
どこまでが自分なのか、もう、よくわからない。

いや、もしかしたら。
もしかしたら、この青白い電話ボックス自体が、すでに、自分の皮膜なのかもしれない。
脱ぎ捨てることのできない皮膜。
べっとりとまとわりつき、皮膚呼吸を遮断してしまう、皮膜。

脱皮。
いや、それ以上、考えてはいけない。
名指してはいけない。
今はただ、あたたかかったはずの、あの懐かしい部屋のことだけを、思い浮かべていよう。
その部屋には、僕の言葉をまっている誰かが、いたはずなのだ。
からっぽの部屋。
白い電話機。
その電話機に触れていた、幼い自分の、小さな手。

上唇に何かが触れる。
雪だろうか。
見上げても蛍光灯の弱々しい光しか目に入らない。
訝しく思い、舐め取ると、涙だった。

★★★

電話ボックスの蛍光灯が、不意に、消える。
朝だ。
北沢はまだいるのだろうか。

受話器の奥では、いつまでも、コール音が続いている。
回線はつながっている。
けれども、その回線の向こう側に、話すべき相手はもういない。


(終)


管理人より: リレー小説「烏揚羽」は、これにて完結です。 
根気強く読んでいただいた方々、ありがとうございました。 

オマージュ・ストーリーを寄せてくださった方もいらっしゃいますので、
明日はそちらを紹介させていただきます。 



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2009年11月02日

烏揚羽  第六話 ver.3  ゆるくない

     《 第五話 ver.1 から 》

僕は、北沢がなぜ僕の部屋にいて、ベッドの上にいて、なぜ青白いのかを考えたりたずねたりする前に……。


おかしなことに、あのとき自分が部屋を間違えたのではないかと一瞬、自信をなくしたのだ。

てっきり自分の部屋と思っていたけど、ここは北沢の部屋なのを何か勘違いして入ってしまったんじゃないか。

となると、ここにいて違和感があって間違っているのは僕だよなと。


とりあえず知り合いだから、間違えたからといって殴られたりはしないだろうと妙な安堵をしたので、僕はなんだかまずはほっとしたのだ。暴漢に殴られることだって頭をよぎっていたのだから。
命の危険を感じていた恐怖に比べたら、北沢がいることへの疑問の方が、負荷が軽くて受け入れやすかったのだ。



自宅に帰って勘違いしたような気になるとは、僕も大分突然の出来事にぐらついていたのだろう。
北沢に、おもむろに
『悪いけどでていってくれないか』
と言われたときは、見慣れた部屋であっても、そうか僕が間違えたからとまで思わされそうになった。




あの日は、知らない女に立ちはだかられ、特に言いくるめられたわけでもないのに
ハメルンの笛吹よろしく僕は女にただついていって、そのうえ突然してしまい、シャワーをしている間に女はいなくなっていた。
ハメルンの笛吹についていくのは子供だったが、僕は、あの女のタバコに誘われた蛇、あの女は蛇使いみたいだった。


僕は、自分が爬虫類として知らない女に使われたなんて思いたくなかったが、後味としてはそうなのだ。
『僕は、蛇じゃない』
となんだかうろこをはがすかのように体を必死に洗った。



一人でホテルをでた後、バイト先から何度も留守電とメールがはいっているのを見て、ハメルンがどうとか考えている場合じゃなくなり、どう言い訳するのか、帰宅する道すがらずっと考えていた。
急に連絡もせず休んだのだから、当然のなりゆきだった。


僕は、そういう点では滅多におきえないようなあの時間ですらも。
そこに長いことひたり続ける生活をしていないのだな、何か、僕には考察するような優雅さはゆるされないのだと思った。
『なかなかゆるくないな、こんな日まで』
と、実家の母の口癖
『ゆるくない』
が自然とこぼれてきた。
ゆるくないことをわきまえなければいけないと思って自分の部屋に向かって歩いて戻り。
歩いたのは足がついてるからで、
『僕が蛇じゃないからだ』と言い聞かせていたりもしたのである。



そして、何の交換条件もなくただ逆ナンしてくれた女がたまたま十分に女だった幸運、そのような寄劇の直後でも日常はぼくに電話を容赦なくしてくる、

バイトの僕には特別な有給休暇がないので、前向きといえば前向き、なにがおきても長くひたり続けられない。
全くなんてしらけているのだろうと思いながらも、僕は、日常との接点をもてるあの留守電に感謝もしていた。

有給休暇のない僕は希代の特別な出来事を歌にも詩にもする暇がない。
一度の逆ナンをきっかけにそのままバガボンドみたいに、愛欲の放蕩につきすすむような特殊な色男ではないのだ。
あの女のいた時間に繰り返し回想して考え事をしていたくないのもあった。
僕が特殊な色男だったら執事マニュアルは必要ないじゃないか。
あれはただの逆ナンで、僕は、年頃の血気健全な男子だった、わりとうまいことできた幸運じゃないか、それだけじゃないかということにすませたいのだ。



僕は、自覚してきたのだ、存在するだけで<お嬢様>を通わせる自分じゃないから、サービスを意図的に磨いている。
対価を求めないものは愛なんだという前提が、蛇には通用しないことにおびえてしまうから、必死に洗い続けたのだ。


ただ、急にさぼった形になったバイト先オーナーに、
どう言い訳するのかばかり考えていたことを思い出す。何か他のことを考えないと蛇にされてしまいそうだったから。


インフルエンザだとしたら一週間は休まないといけないし、それはバイトが減るから嫌なのだ。
次の日のバイトに出られる程度の風邪だったら、
『電話ぐらいできるだろう』
という話しになるじゃないか。
どうしたら電話もできなかったことになり、
次の日からはバイトできるのか、
そういうことで頭がいっぱいになった僕。


あのオーナーは嘘をつくのは平気だろうが、僕の嘘を見抜くことも勿論できる。嘘についてはキャリアが違うのだ。
龍の背中の男と関わるオーナー、僕の背中に龍はいないのだから、わたりあう嘘なんて思い付かない。


結局、その日は電話はしなかった。


◆◆◆

話は戻り、結論からいうと、
北沢が主のようにも見えた部屋は、やはり、僕の部屋だった。


北沢は服を着ていたが、実は服をきちんときていない女が洗面所にいて、


つまり僕が部屋を一旦でないと、その女が服を着ることができないのだと言う。

北沢が謝ったのは女が服を着てからだった。


自分の部屋なのに帰宅したら勝手に上がり込まれていて、一旦出ていけと理由もわからず追い出された僕は、北沢の勝手さよりも、自分が部屋を間違えていなかったことにまた安堵したのである。


僕が鍵の置き場を比較的単純な場所にしているのを北沢に話したことがあり、遊びに来たときに、見せたこともある。
北沢は、僕が執事喫茶のバイトに行っている時間帯をねらって、僕の部屋に女を連れ込んでいたのだ。


北沢は、
『後から話すつもりだったけれども、もうどうしても止まらなくて……』
など、民家(僕の部屋だ)を勝手に無料のホテルと判断したことについて、
よくわからない言い訳と、『女を家に送りたいから続きはまた後にしたい』、だから
『俺を一旦部屋から出してくれ』など虫のいいことを言ってバタバタと出ていった。



僕は、自分がさっき出会った話の珍しさの方が、
北沢が僕の部屋を、無断借用した話よりも珍しいと思っていた。
それに、最初は強盗かもしれないくらいにビクビクしていのが北沢(と、女)だったのも一命をとりとめた気分だった。
自分の比較するストーリーに激しさがあると、僕は、あまり驚かないのかもしれない。

なので、北沢の説明はそれ以上聞きたいとは思わなかったが、シーツを取り替えるのが面倒で、あいつに取り替えさせれば良かったなと少し後悔したのである。『後から話すんじゃなくて、先に話すもんだろ』
と一人言をいいながら、母が送ってきた、僕には意味のわからない花柄のシーツに取りかえて眠った。



◆◆◆

翌日、僕は、一つだけ講義にでてすぐに帰宅した。
公園によってみたかったのだが寄り道はしなかった、前日のあの女がまた現れるのも、現れないのもどちらも僕の思い通りではないというか。




執事喫茶には、電話せず早めに向かうことにした。
オーナーがまだ私服でタバコを吸っているうちに顔を出そうと。


僕は通用口から入っていき、ここは開口一番、シンプルに謝ることからはじめようと考えていた。
しかし開口するのはオーナーの方が早かった。





『なんだ、お前、やめたのかと思ったよ、今日は働くのか』
『……すみません』

『すみませんじゃなくてやめんのか働くのか、聞いてるんだ』
『働きます』
『そうか。じゃあしっかりやってくれ』



想像していたより、オーナーはさっぱりとしている。

僕は、オーナーが、僕の体験した『昨日一日の珍しい話』を聞くつもりがないことがわかった。


それは気楽ではあったが、僕は、誰かに話くたくもあったのだ。
それ以来、僕は、なぜ『お嬢様』がたがやたらと早口で、こちらにしてみたら大したことのない『素敵なお話』を毎回話したがるのか少し理由がわかるような気がした。


人の聞く耳なんて、滅多に長く向けられるものではないのだ。
蜜のない話に、人は耳を貸さない。


都会であればなおのことそうなのかもしれない。
その話がどのくらい『素敵』だとか、
『特別に変わった話』かどうかよりも、



本人にとって蜜がなければ
どうでもよい話なのだ。



人の耳は蝶のようである。
美しい花、変わった花だから止まるのではなく、好ましい蜜があるから蝶は花にとまるのだ。
その蝶が滅多に見られないものだから、人は自分の肩に止まるその蝶を見ていたいのだ。


都会では滅多に見られない種類の蝶の羽模様をお見せする、
つまり、聞く耳を提供するのも
英国風サロン『烏揚羽』。

こちらが蛾とかカラスだと思われたら商売にならないのだ。
あくまでも美しい烏揚羽が、
麗しいお花のような<お嬢様>にとまりたくなるようなそぶりを見せ、
<お嬢様のお話>を、
蜜の香りがするかのように聞かせていただくのが体裁なのである。


北沢は『カラス喫茶のバイト』と呼んでいたが、正確には英国風サロン『烏揚羽』なのだから。


◆◆◆


『烏揚羽』には、ハメルンの笛吹みたいな、逆ナン女は二度と現れなかった。
僕は、そこで自分は『一度で十分な程度の男』だったのだとは気づかなかったけれども、



バイトをやめた今ならわかる。
僕よりさらに若い高卒の男がバイトではいってきたとき、
オーナーが
『素人くさいのが一番いいんだよ。ぎこちないくらいがかわいいんだ。プロって上手すぎるのが、ピュアな感じがしないだろ。ピュアが一番いいんだから。』
と誉めそやしているのを聞いたり、
執事喫茶に集まる<お嬢様>の多くが単なる新人好きであることも、僕が新人じゃなくなってから気づいたのだ。


世の中で(正確には、執事喫茶で)一番若い男ではなくなったことに気づいた僕は、
そこで新人君に打ち勝つまでやってやる競争心もないが、同じ<お嬢様>がたが新人君に流れていくのを
見ている役をしたくなかったので、
わりのいいバイトではあるがやめたのだ。
色のない部屋でプロにはなりきれなかったらしい。


<無断借用の北沢>は、後から話すと言っておきながら後からあれについては何の話もないが、たまに学校であうと普通に話しかけてくる。
『カラス喫茶やめたんだってな。山下にもさ、プライド芽生えたんじゃないの。なんていうか誇り、みたいなの?それってあったほうがよくね?あそこで一生できないだろ。』


カラス喫茶って略すなよ。
無断借用のおまえにプライド言われたくないんだよ、
そのみたいなものってのが余計なんだよ、
おまえの就職先だってそのなりと成績じゃ知れてるだろ。
と思いながらも、



僕は、プライドが傷ついたから辛かった、という気持ちよりも、
『傷つくようなプライドが自分にあったこと』
に安堵していたのもあり、言い返さないことにした。

かといって特に、なりたいものもしたいこともないのだが、『スキルよりもぎこちないピュアが勝つ』類いの仕事はしたくないということは一つわかったのだ。
無理矢理、あのバイトで収入以外の収穫を見つけたとしたらそれを発見したことになるのだろうか。


◆◆◆

僕は、『拙さを意図的に保ち続けること』も一つのサービススキルだということに気づけていないようである。

そういう僕は、まだ、生きることに拙いのだと思う。


(終)


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烏揚羽  第六話 ver.2  タバコ

     《 第五話 ver.1 から 》

「北沢? どうして・・・」

状況が呑み込めずにいる僕の言葉をさえぎるように、
北沢が言う。

「鍵なら開いてたぜ。 まったく無用心だなぁ。
ほら、おまえ今日、ガッコ来なかったろ? 
最近、ろくに口もきかないし、ちょっと気になってさ。」

「鍵が開いてたって? そんなこと・・・」

「ちょっと近くに買い物でも行ってんのかと思って、
にしたって物騒だろ、開けっ放しじゃ。 
しばらく玄関んとこで見張りしてたんだけど、寒くて寒くて。
何回もケータイ、かけたんだぜ?」

ジーンズのポケットに入れた携帯を開く。
受信7件。 すべて北沢だ。

「あ、悪い。 気づかなかったよ。」

「おいおい。 どんだけ鈍感なんだよ。 
ポケットなら気づくだろうよ。 ズボン、履いてなかったのか?」

「何だよ、それ。」
たんなる軽口だとわかっているけれど、
じわりと手が汗ばむ。

     ★★★

暗がりの中で、
男がひとり、ベッドに腰掛けている。

ぼんやりと白くうかびあがる、裸の背中。
北沢? いや、そうじゃない。
鍛え上げられたボクサーのような筋肉。

男はおもむろに振り返る。

オーナー?

僕はあの噂を思い出している。

なんだ、龍の彫り物なんか、どこにもないじゃないか。

そういえばあの「執事」、何かにつけ大げさな話の多い男だった。
やっぱりあれは嘘だったか。

そう思ったとき、
足もとで何かが動いた。

見ると、一匹の黒い蛇が、
小さな身体をよじらせている。 

そうか、オーナーの背中から落ちたのか、と、
僕はつじつまの合わないことを考えている。

蛇は動くのをやめたかと思うと、今度は不自然な形にふくらみだした。

何か大きなものを呑み込んだようにも、
あるいは、何かをみごもっているようにも見える。

気味が悪い、と思ったその瞬間、
ふくらんだ蛇の背に亀裂が入り、
なかから無数の蝶が噴き出してきた。

アゲハ蝶だ。

とめどなく、噴き出してくる。

黒地にうっすらと青緑の光をまとう蝶の羽が、
幾重にも重なり合って、部屋を包む。

     ★★★

「あ・・・悪い。 起こしちまったか。」

目を覚ますと、かたわらで北沢が上着に袖を通していた。

「泊まってくんじゃなかったのか。」

「うん。 なんか、ごめんな。 勝手に上がりこんで。」

小さく片手を挙げ、玄関を出て行く北沢の後姿が、
いつもより、少しだけ小さく見える。

今夜の北沢は、明るい口調とは裏腹に、何か、
途方もなく暗く沈んだものを、胸のうちに抱え込んでいるような気がした。
僕のことが気になって、と言うが、
ほんとは何か、言いたいことがあって来たんじゃないのか。

北沢の後を追って外に出ると、空はもう、白みはじめている。

「その辺まで送るよ。 タバコ買いたいし。」

北沢は振り返り、目を丸くしている。

「おまえ、タバコなんて、吸ってたか?」

「いや、なんとなく、な。 また始めようかと思って。」

「はは。 山下って、あれな。 何でも逆をいくのな。」

「逆って、何のだよ。」

「イワユル世間ってやつの。 
あと、世間の流れに乗ろうとして必死になってる、オレみたいな奴のさ。」

ずいぶん自虐的だな、と言いながら、
それ以上、うまく言葉をかけられない自分が歯がゆい。

それに、僕はそんな、反骨の精神みたいなもの、持ち合わせてなんかいない。
そもそも僕がまたタバコを吸いたくなったのは・・・

     ★★★

不必要に明るいコンビニの照明が、今日はありがたい。
腹が減ったと言い、朝飯用にと弁当を選んでいる北沢の様子は、
いつもと何ひとつ変わらなかった。

北沢と分かれた後、
僕はタバコに、火をつける。

認めたくないことだが、僕は、蛇の匂いを待っていた。

そんな匂いはしない。

銘柄が違うのだから、するはずもない。

そう、するはずもないのだ。


(終)


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烏揚羽  第六話 ver.1  カラスアゲハ

     《 第五話 ver.1 から 》

「だから深入りするなと言ったろ?」

まるで自分で自分につぶやいているような、北沢の言葉。
「何のことだ?」
「あの女だよ」
透き通るように白い、北沢の顔。
「いったい?」
僕の言葉が聞こえているのかいないのか。
北沢はただぶつぶつと独り言のように言葉を垂れ流す。

「執事喫茶でバイトなんてするべきじゃなかったんだ」
お前も、俺も。

「俺もあの店でバイトしてたんだ、去年」
そしてある日、あの客がやってきた。あの無口な「お嬢様」が。

それまで執事喫茶なんて、ごっこ遊びみたいなものだと思っていた。
俺は執事っぽく振舞い、客はお嬢様気分を味わう。
そんな他愛もないごっこ遊び。

……でも。

執事なんてものに、俺たちは遊び気分で関わっちゃいけなかったんだ。
あの女は「ごっこ」なんて求めちゃいなかった。
本当の執事を求めていたんだよ。

いつも自分だけのそばにいて、自分だけの世話をする、自分だけの執事を。
いつも自分だけを見て、自分だけにしか見えない、そんな執事を。

透き通るように白い、北沢の顔。
脳みそが透けて見えるほどに、白い。

「具合悪いのか?」
「いや」
北沢は震える手を見つめながら、大きく息を吐いた。
「本当に気分はいいんだ。こんなに気分がいいのは生まれてはじめてかもしれない」

そう言うと視線を手から外し、窓の外に向けた。
差し込む夕日に北沢は目を細める。

「もう行くよ」
「帰るのか?」
北沢は寂しげに微笑んだ。
白く、薄い笑顔。
今はもう背後の壁が透けて見えるほどに色を失っていた。
そして弱々しく立ち上がると、こう言った。

「先に行ってる、だから……」

言葉を言い終わる前に、北沢は消えた。
忽然と姿を消したのだ。
本当に今までここに北沢がいたのかどうか、僕には分からなかった。
ただ、奴の言った言葉が頭の中で消えることなく木霊していた。

「先に行ってる」

だから……

だから、僕はまだ執事喫茶のバイトを続けている。
以前のようにダルくなどないし、イライラすることもなくなった。
不思議と気分がいい。
時々あの女がやってきて、相変わらず一言もしゃべらないまま帰っていく。
北沢はうまくやっているのだろうか?
僕の目には見えないけれど、「お嬢様」のおそばで、「お嬢様」のためだけに、毎日きちんとお世話をして差し上げているのだろうか?
「お嬢様」だけを見て、「お嬢様」だけに見られて。

いや、何かヘマでもやらかしてしまったのかもしれない。
「お嬢様」は多少ご不満であらせられるようだ。
その証拠に、鏡の中にはだんだんと色白になっていく僕がいた。
透き通るように、白い僕が。

店の入り口で空を見上げると、珍しくカラスアゲハが舞っていた。
夕日を浴びてキラキラと輝いていた。
その黒くしなやかな姿を見て、今度「お嬢様」にひとこと言ってやろうかな、と僕はふと思った。

「でも、黒子と執事って、ちょっと違うのではないですか、お嬢様?」






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烏揚羽  第六話について。

某日、「面」のメンバー5名が対面する機会を持ったことから、
ほぼその場の勢いだけで始まったリレー小説。

各人が一話ずつ担当し、全五話で完結の予定でしたが、
それぞれが次の人の都合や物語の全体を考えることもなく(笑)、
行き当たりばったりで書きつないでいったものですから、
そうそう綺麗に着地できるはずもなく。

第五話 ver.2 は一つの完結を見ていますが、
ver.1 は続きを想定しています。

さて、これに続く最終話を誰が書くかという話になり、
各人がそれぞれの最終話を書いてみてはどうか、
ということになりました。

同じ話の続きが、どれくらい違ったものとして出てくるものか、
一つの実験として取り組んでみた次第です。

以下、原稿が届いた順に
第六話 ver.1, ver.2, ver.3までを本日分として、
ver.4 を翌日分として掲載します。

下のリンクをご利用いただくと、それぞれのヴァージョンに飛べます。

⇒第六話
  ver.1
  ver.2
  ver.3 
  ver.4 NEW


     第一話は、こちら です。


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